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「思い出されましたか。そうです、兄上をまだ頭領となる前のあなたの父に討たれた孫兵衛でございます」
 その儀は、小平次は言葉を継ぎかけて『わたしの父は忍びに殺されました。理由があってのことでしょう。されど、父を奪われた者にしてみれば理不尽であることに変わりはありません』脳裏によみがえった豊のせりふに喉を絞められ声を失う。
 大店のことだ、大金の動くためその件で大名家と諍いとなり豊の父は死んだのだろう、と勝手に小平次は想像していた。いくら夢想家でも偶然に出会った相手の養子が父が殺めた相手の娘とは想像だにしないだろう。
 しかし、この大勢の人間が住まう江都で豊の養父となった孫作とありえないほどの偶然により小平次は出会ってしまい今に至っていた。『父を奪われた者にしてみれば理不尽であることに変わりはありません』――果たして、豊は自分が仇であると知っているのだろうか? 寒気に近い感触が首筋に生じる。
「娘はあなた様が父を殺めた御仁の子息であるを存じません」
 小平次の胸中を見透かしたか孫作が言葉をかさねる。
「されど、さような縁のある者たちがむすばれて幸せになれましょうや?」
 娘の代わりに不幸を背負うかのような声を発する孫作に、小平次はこたえられなかった。
 それほど確固とした思いを抱いていたわけでもないし、また忍び働きのこともあるため女性と親しくなるのはふさわしくないのではないかと考えていた矢先だ。
 だが、それでもはっきりと否定されると胸が締め付けられる心地がする。
「今日、申し上げたかった儀はこのことでございました」
 ただ小平次様がよろしければ、向後も渡り忍びの仕事についてはご紹介したいと思います、と孫作は表情をやわらげて話を締めくくった。藩との商いのある大店という伝手だ、失わずに済んだことに安堵すべきなのだろうが、そんな気持ちは少しもわいてこない。
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