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「賭場で賭けるものなんざ、所詮はお銭(あし)に過ぎねえ。だがよ、修羅場で賭けるのはなんだ?」
 ここまで言われて、平太はやっと又一郎の言わんとしていることに気づく。
「命をかけた賭博(たちあい)に比べりゃ、賽子の目で銭の増えただの減っただので得る興奮なんざ屁でもねーさ」
「命を巡る駆け引きを賭け事呼ばわりですかい、兄貴」
 なんだか、突然に足場のない場所に放り出されたような心地がして平太はとっさに反論をこころみた。だが、
「けどよ言うじゃねーか。勝負は時の運、ってな」
 という、又一郎のせりふにはうなずかざるをえない。まさしく、その通りだと思った。
 立ち合いのなかで血が沸騰する感覚、あれはまさしく快感だ。忘れろと言われても今さら忘れられない。
 あっしも随分と変わっちまったもんだ――。
 村での暮らしの習いからはみ出すことに躊躇していた自分がはるか遠くに感じられる。だが、ここまで歩いてきたからこそ、諦めていた伯父が言っていた“硬い”というみずからの剣の弱点を克服できたのだ。
 屍をさらしていた公算もでけえが――元より、死を恐れて剣術の高みに達しようというのがおかしいのだろう。
 いや、なにかを得ようとするならすっ転ぶ覚悟はどんな道でもいるのかもしれねえ――。
 脳裏に吉兵衛の顔が浮かんだ。一見、殺伐した出来事とは縁遠そうな外見をしているが、聞いたところによると、江戸家老の救出の折には幼馴染と剣を交えたとか。
 又一郎、千太郎が合流したことで形成不利と見て退いたらしいが、このまま旅をつづければふたたび相まみえることになるはずだ。
『したが、それでも“事なかれ”をよしとし、子どもを殺めるような真似はできぬ』
 そう、吉兵衛は決然とした表情で言っていた。だったら、あっしも――源太郎丸を無事に届ける、という任のためには父親への復讐の念という私情は捨てなければならないだろう。
 それは理屈では分かる。だが、いざというときに自分がその通りに行動できるかどうかははだはだ心もとなかった。
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