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「ただ、裏切り者呼ばわりは聞き捨てならないよ」「なにいってやがる」
 紋の言葉に、平太は思わず激昂しかけた。
「あたりまえじゃないか、公方様に仕える身だ。公方様を裏切らなけりゃ、あたしは裏切り者じゃない」
 それとね、と紋はいきなり着物の裾を割る。
「あたしは女人じゃない、色子なのさ」
 露わになったのはまっしろな褌だった。同時に、彼女がいつの間にか手の中にひそませていた“物”をその場で炸裂させる。広がった刺激臭に思わず平太は一歩さがった。
「目晦ましか」と吉兵衛が悔しげな声をもらす。が、すでに紋の姿は視界から消えていた。
胡椒などの目潰しの効果のあるものと灰を混ぜた物が卵の殻に閉じ込められたものが炸裂したせいで、目を大きく開けていることがかなわずかつ視界が制限されたせいだ。
 が、突如として又一郎が笑い出す。
「いやあ、あいつ男だったとさ。おどろいたな」「笑ってる場合か」
 一転、あかるい顔をする又一郎に千太郎が苦い顔を向けた。
「なに、爾後の動きが漏れんならよしとするさ。それに同道した日数がわずかとはいえ、情が移った」
「岡惚れでもしたか、たわけ」
「今まで興味はなかったが、お紋のような者ならよいかもしれんな」
 千太郎の叱声にも、又一郎はそれを肯定してみせる始末だ。
 お陰で一気に緊張感が薄れてしまった。平太、吉兵衛だけでなく、源太郎丸までもがあきれた顔つきをする仕儀となった。

 しばしの談合の結果、平太たちは関を破ることとなった。
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