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「来る、な」
 転がりながらもなんとか体勢を立て直し、膝立ちとなって平太は彼を制止した。反射的にみずから床を蹴ったお陰で菊の一撃は致命打にはならなかったのだ。
「まったく、くらくらして参っちまいそうだ」
 まだまだやれる、と源太郎丸を安堵させる意味で冗談を口にする。
「そうだろう、そうだろう」
 それに目を潤ませて菊が応じた。瞳には怪しい輝きが宿り、ほおは紅潮している。
「兄ちゃん、おいらも戦う」
「また、ちびっても知らねえぞ」
「さっき、兄ちゃんが斬られたかと思ってちびった」
 平太のすこし迂遠な忠告に、源太郎丸ははきはきと大声で応じた。
 刹那、平太のうちで愉快な思いが膨れ上がる。こんな状況だというのに声を立てて笑った。
「雰囲気が台無しじゃないか。黙りな餓鬼は」
 それに菊が本気になって怒る。そんなようすが余計におかしかった。
 しかし、笑って見過ごすわけにはいかない。菊が目を吊り上げて源太郎丸へと近づこうとする動きを見せたのだ。
「させねえよ」
 次の瞬間、平太は体勢を低くし左右に律動を取って舞う菊と距離を詰めている。
 女無宿の目が限界まで見開かれた。
 おどろく気持ちは平太自身もにもある。が、同時に納得もしていた。
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