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「兄ちゃん、後ろに」
 うながされ、とっさに平太は源太郎丸の後ろに飛び乗った。
「又一郎殿はお紋殿が加勢してござれば、我らは陣払いいたそう」
 一拍の逡巡をはさみ、
「わかった」
 平太はうなずいた。それを合図に、源太郎丸と吉兵衛が馬首を返して疾駆をはじめる。
 それにしても、まさか子どもに助けられて逃げることになるとはな――臆病な子どもになにができる、と思っていた平太は心の底からおどろかされていた。
 吉兵衛の救援もあり、槍を持った破落戸に囲まれる前に村を脱することに成功する。

 とりあえず泊めてもらっていた百姓家にもどった平太たちのもとに孤影がおとずれた。
 おとずれたといっても人間ではない。一匹の犬だ。平太が廃寺で窮地に陥ったときに助けてくれた犬だった。あの後、用は済んだとばかりに彼は姿を消したのだが、またも平太の前に姿を現した。
 あの折、平太はなにかが引っかかったのだが、やっとその正体に思い至った。
 一息ついていたところを吠える誘われて外に出て対面したのだが、その面差しと記憶の中の犬がかさなったのだ。
「おまえ、桃か?」
 が、問いかけて平太は思わず苦笑を浮かべた。あれから十年近くが経っている。あの時点で桃は成犬だった。犬の寿命ではまず生きていないだろうことに気づいたのだ。
 他人の空似ならぬ犬の空似か――弾んだ気持ちが萎むのを感じながらも平太は犬の前で片膝をつく。
「この前はありがとうな。また、助けに来てくれたのか?」
 声をかけながら頭を撫でて、平太は犬の首元につるされている竹筒に気づいた。これは、と疑問に思いながら手に取ったところで、
「おう、雉じゃあねえか」
 と背後から又一郎のうれしげな声があがった。
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