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「見知った顔ではないのでな、間違いかと思うたのだ」
「たしかに見知った顔じゃあないさ。ただ、袖擦り合うも他生の縁というだろう? いいことを教えてあげちようと思ってね」
「いいこと」
「この先に、剣呑な連中が待ち伏せてるよ」
 意味ありげな笑みを崩さないままに年増は言葉をかさねた。
 待ち伏せ――そのひびきは、太刀音にひとしい緊張感を平太に感じさせた。が、それと同等以上に問題なのは、
「おめえさんが、なんでそんなことを知っていなさる?」
 口もとに余裕の笑みを刷いたまま、又一郎が鋭い目で相手を吟味する。
「ちょうど、おまえさんたちと反対、江都のほうからあたしゃ来たのさ。だから、知ってる」
「にしても、その待ち伏せの連中とやらがまさか首に“待ち伏せの最中でござい”と札をさげているわけでもないだろう。一体どうして、待ち伏せだとわかる?」
「あたしも堅気じゃなくてねえ。旦那が殺されたときに似たような雰囲気の連中を見たのさ。そんな輩を目にしたあとに、子どもを連れた渡世人なんて曰くありげな人間を見れば誰だってぴんと来るってもんだろう」
 一応、筋は通っていなくもない――例の平太を恨む一家の手の者でもない限り、足止めや引き換えさせる意味もない。平太が視線を向けたのを察したのか又一郎が肩越しにこちらに目線を向けた。
「道を引き返しても、おめえさんを突け狙う一家の者と出くわす公算もある。まっすぐ突き進もうと思うが、おめえはどう考える平の字」
「あっしもそれでいいと思いやす」
 又一郎の問いかけに平太はあごを引いた。
「なにか色々と仔細があるみたいだけど、まあ、精々気をつけるんだね」
 そんな平太たちに年増がからかうような口調で告げる。
「待ち伏せのこと、教えてくれてありがとよ」
 又一郎が年増にいくらか鳥目を握らせた。
 そして平太たちは、又一郎を先頭にふたたび歩き出す。
 しばしののち、人淋しいあたりに来たところで、自然と前を進んでいた又一郎が足を止めた。
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