渡世人飛脚旅(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)

７３

「収まらねえんなら、いっそ腹掻っ捌いて取り出しゃあいいのさ」
「ふざけやがって」「後悔させてやるからな」
　又一郎の軽口に相手方は熱くなって騒ぎ立てた。
　当然、平太が向き合っているほうの破落戸たちも似たような按配になっている。
　やれやれ、と平太は胸のうちでつぶやいた。他人が殺気立っている様を見るのはあまり気分のいいものではない。
　が、身体に力が入れば兵法を会得した者にとって動きが把握しやすくなるのも事実だった。まったく、陽気なようでいて抜け目ない――平太は思わず微苦笑をもらす。とたん、
「てめえ、笑いがやったな」
　と視野にいる三人のうちのひとりが勘違いした。
　地面を蹴ってこちらに突進してくる。肚の据わらない武士にとっては彼らの喧嘩剣法も油断のならないものだ。
　だが、平太は生きることへの執着が薄い。剣光一閃、刃の届く間合いで、呼吸の間(ま)を読んで回避が不可能な瞬間、脛を薙ぎ払った。足を大きく上げ下げして近づけば容易く“間”を読むことが可能になる。
　平太が身体を躱した瞬間、背後で幼い悲鳴があがる。しまった、と寒気をおぼえながら平太は身体を反転させた。つい、自分ひとりのときの調子で剣をふるってしまったのだ。