渡世人飛脚旅(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)

牛馬走

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「触らないで」
 とたん、激しい叱責が発せられる。涙に濡れた目で娘は平太をにらみつけた。そして、素早く衣装を整えるや立ち上がり、平太たちが来た方向に向かって駆け出す。
 平太は思わず舌打ちした。
「怒るんじゃねえよ」それを又一郎が注意する。
「無宿なんざ、堅気(かたぎ)にとっては誰もかれも変わりはしねえさ。土地の親分で、あたりの者にいい評判をとってでもない限りな」
 眉をひそめる平太に又一郎が苦笑を向けた。
 それを聞いて、確かに平太も思わざるを得ない。それで憤りがすべて晴れたわけではないが。
「なに、道を踏み外して何者にも縛られねえからこそ、なせることってのもあるさ」
 それより、と又一郎は平太を軽く睨んだ。
「渡世人飛脚の仕事の途上にあるときは、てめえの道義は仕舞い込んでおけ。一家と斬った張ったになって、もし源太を死なせたらどうする? それが仕事は台なしだ。矜持を切り捨てれば切り抜けられる仕儀なら、迷うことなくそうしろ」
 感情の面で納得できない部分があったが、又一郎の言葉が正しいことは理解できる。
「へい」と平太は首を横にふって承知した。
「おめえらは先に行ってろ」「どこ行くの、兄貴?」
 足を止めてきびすを返す又一郎に源太郎丸が怪訝な目を向ける。
「あの野郎ども、まず間違いなく頭数を揃えて余計な真似をしてくるだろうからな。土地の親分に話をつけてくるのさ」
 先に行ってろ、追いつくから、と言い残して又一郎は平太たちの前から姿を消した。しばし、無言で平太と源太郎は無言で歩みを進める。
「兄(あん)ちゃんさ、おいらが危なくなったから得物をふりまわしたんだろ」
「まあな」
 気分が落ち込んでいたせいでつい素直に答えてしまった。
「おいら、うれしかった」
 そんなこちらに源太郎丸は満面の笑みを向ける。
「度胸がないでもねえ限り、子どもが危ねえ目に遭いそうなら誰だって助けるだろう」
 平太は気恥ずかしくなって目をそらして応じた。
「そんなことないよ」
 ふいに源太郎丸がもらした、淋しさに似た響きを帯びた声に平太は側らに視線をもどす。
「あるときさ、おいら、犬をけしかけられたんだ」
 犬をけしかられた? 平太は予想だにしなかった言葉に眉間にしわを寄せた。
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