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「おい、平太」
 戸口代わりの筵をくぐろうとしたところで、ふいに敵意のこもった声がかけられた。
 手が届く距離に、村役人のひとり組頭が歩み寄ってきた。弥太郎の親父(おやじ)だ。面差しに似たところがある。
「隣村の村役人の不正の証左となる帳簿を運んだっていうのは本当か」
 そのせりふを聞いて、そういえば弥太郎の親父は隣村の村役人と親戚ではなかったか、と他人への興味の薄い平太は思い出した。
「なんだ、その子どもは?」
 平太が口を開く寸前、弥太郎の親父の栄蔵が怪訝な顔する。次の瞬間、
「まさか、子どもを拐(かどわか)してきたんじゃなかろうな?」
 と険しい目でこちらを見た。
「おれが子どもを拐してどうするっていうんです、栄蔵さん」
「そりゃあ、売り飛ばし――」
「そんな相手の心当たりありませんよ」
 栄蔵の声をさえぎり平太は平坦な声音で否定する。
 が、栄蔵の目には猜疑の色が宿ったままだ。おまえは周太の親分と親しくしているだろ、そんな真意がまなざしから読み取れた。
「それとも、周太の親分を疑っておられるので?」「そんなことは」
 そうだ、などといって当人の耳に届けばことだ、そんな弱気を栄蔵は見せる。
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