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「気が早くありませんか、親分」「鉄は熱いうちに叩けっていうでしょう」
 あくまで“百姓”平太として対面しているため普段の口調でしゃべる彼に、周太は茶目っ気のある表情で告げた。米の父が物言いに来たときの剣呑さはそこにはみじんもない。
「親分はいつから職人に鞍替えしたんで?」「入ってきなさい」
 こちらの言葉を聞かずに周太は外に向かって言葉を発した。
 入れ? と疑問を抱き、平太は障子へと視線を向ける。そこから姿を現したのは、この刻限、しかも賭場が開かれる宿には不似合いなひとりの男児だった。
「その子が次の“荷”です」
 あっけにとられる平太に親分がその正体を明かす。
「荷?」「そうです。わたしらが運ぶのはなにも“物”だけとは限りません」
 親分の返答に、改めて平太は子どもに視線をもどした。
「おいらを物呼ばわりとは何事だ」
 瞬間、男児はくちびるを突き出して周太をにらみつける。
「おまえ、誰に向かって」「おい、退屈だ。馬になれ」
 思わず注意しようとした平太だが、その脇をかすめて親分に近づいて子どもは強い語調で命じた。
「嫌(や)です。背中に乗りたければ、組み敷くことです」「おいらを舐めるな」
 舌を出す周太に、男児が襲いかかる。正面から互いの両手を握り合って力比べの姿勢になった。
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