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   六

 十里の道のりはあっけないほどに過ぎ去った。
 日暮れが近づいたころに、今日の宿と定めていた宿場というほどでもない町並が視界に入ってくる。蚊食鳥(コウモリ)が独特の動きで空を横切っていた。傾いた陽射しのなか、陰影を濃くした建物のひとつ、旅籠に平太たちは草鞋を脱いだ。
「おめえ、気を抜くんじゃねえぞ」
 狭い部屋にふたりきりになったところで、またも唐突に己之吉は口を開いた。
「へえ、もちろん」
 平太も油断などするつもりはないから首を縦にふって応じる。
 が、己之吉はそれに納得のいった顔をしない。刹那、部屋の窓の縁が硬い音を立てる。なんだ、と平太が顔を寄せて障子の隙間を見下ろすと、往来のなかに佇立する小さな人影があった。
近くに住んでいるらしい子どもだ。無邪気な顔をした男児だった。その手には、小さな石が握られ投擲体勢にある。先の音も、この子どもの仕業であることは明らかだ。
「なんだ?」と背後から聞く己之吉に、「へえ、子どもが石を投げたようで」と平太は答える。
 とたん、己之吉は目を細めた。
「呼んでるんじゃねえでしょうか?」
 と平太が言う側からふたたび石がぶつかる音がする。
「あっしが表に出て訳を聞いてきやしょうか」「勝手にしろ」
 どっちでもいいという調子で己之吉は告げた。
 石が投げる理由が気にならないのか、と怪訝に思いながら「わかりやした」といって平太は部屋を出て表に向かう。
 子どもは人待ち顔でその場にたたずんだままだ。
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