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「もし、聞いていますか、平太さん」
 周太の声で平太は我に返った。
「すいません、少し考え事を」
「てめえ、周太親分の話を右から左に聞き流すとはいい根性してやがるな」
 平太の返答に、又一郎が声を立てて笑う。

 葬式のあと、平太は親分に招かれて住処を訪れていた。勧められるままに酒を呑んでいるのだ。
 祖母が亡くなったばかりで村の住民たちは咎める視線を送ってきたが、親分の誘いを表立って非難する者は現れなかった。
「これからどうする」「いい加減、嫁をもらえ」
 その場に留まれば説教の嵐に見舞われるのは目に見えているから平太としても助かった。
「あなたのとこの一族の女は、みな別嬪(べっぴん)揃いでしたね」
「婆さまが別嬪だったなんていわれても、おれが物心がつく頃には皺くちゃだったから想像もできませんよ親分」
「なに言ってるんです、このあたりの男衆はそろってあなたの婆さまを物にしようと躍起になったものだと、と爺様に聞いていますよ」
「おっかさんはまだ得心いきますが、婆さまがねえ」
「たしかにあなたの母御はまた、別格だったでしたね」
 軽口を躱しながら決して辛気臭い話には足を踏み入れない。 
 だが、川海老の塩焼きを肴に酒を呑むこと半刻ほどすると風向きが変わった。
「――平太さん、剣術(やっとう)は誰に習ったのでしたかね?」
「へえ、叔父貴です」
「流儀は?」
「なんでも新陰流の一派だそうで」
「それはすごい。将軍御流儀ってやつじゃあありませんか」
「っていっても、おれの習ったのは、柳生石舟斎の兄弟弟子のさらに弟子が開祖とかいう話ですよ」
「ほう。開祖は誰なんです」
「小笠原源信斎とかいう仁(じん)です」
 平太の返答に案の定、周太は微妙な顔つきをする。小笠原源信斎の門弟は三千人にも及んだというのが、当世では忘れ去られたといってもいい状況だ、当然の反応だった。
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