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 なんだ、と平太は疑問に思う。猪を村のほう取り逃がしたことに文句をつけに来たにしては表情に怒りが見えない。
 動転した中年の男、次兵衛を怪訝な顔で迎えた平太だったが相手の言葉を聞いた瞬間、顔色を変えることとなった。
「おめえのとこの婆さまが猪に突き殺されたぞ」
 脳裏に自分が殺し損ねた畜生の姿が浮かび目を見張る。
「ぼーっとしてねえで、行くぞ」
 息を整えた次兵衛は、気づくと早くもこちらに背を向けていた。うながされるままに平太は駆ける。不思議と胸のうちは凪いでいた。
そのまま、自分の住処にたどりつき戸口をくぐる。数人の村人が板の間に上がり込んで褥を囲んでいた。平太がもどったのに気づいて、彼らの顔が一様に戸口のほうに向けられる。
同情の視線を浴びながら平太は土間から板の間にあがった。淡々とした足取りでちょっとした人垣へと近寄る。
 平太の接近に合わせてひとりが場所を譲った。瞬間、血の赤が視界に入る。むろん、流血しているのは祖母だ。着物の腹のあたりを赤く染めた祖母は顔を蒼白にしてすでに虚ろな目をしていた。
 死んでいるのは明らかだ。それを悟った瞬間、重い風邪が治ったときのような体が軽くなる感覚をおぼえる。
「この不忠者、婆さまの死に目に間に合わんとは」
 そんな彼の胸中など知る由もなく村役人の最年長の老爺、名主が叱責を発した。
 別にその言葉自体に胸は痛まない。
 博奕を打っていたのならともかく、獣を追い払う番をしていたのだ。それに、死に目のこと以前におそらくは平太が見送った猪が祖母を殺めたのだ、そっちのほうがよほど罪深いだろう。
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