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三
明け方、住処に帰ると藁布団に横になり掻巻(かいまき)かけた姿勢で自分を睨みつける祖母と顔を合わせることになった。
歳を食ったせいか陽が落ちてすぐに眠ってしまい起きる刻限も早いのだ。
「おめえ、また賭場に行ったんだってな」
仇を今にも刺し殺そうとするかのごとき目つきで祖母は孫を睨む。
平太は無言で濯ぎを使って板間にあがった。言い訳しても無駄であろうからだ。
また、誰ぞが告げ口したのだろう――。
村を厭う空気が伝わっているのか、平太は住民たちに嫌われていた。単にいい顔をしない者から露骨に蔑む者まで様々いるが、とにかく嫌悪の対象となっているのは事実だ。ために、平太が祖母の気に食わぬであろうことをすると、村の衆は親切めかし注進に及ぶ。
おれが賭場に足を運んだことを知っているということは――。
十中八九、そいつも賭場の客になっていた人間に決まっているのだが、祖母の硬くなった頭はそこに思い至らない。あるいは思い至ったとしても、どうでもいいのか。
だが、まあ前よりはましだ――平太が童の頃はよく祖母は癇癪を起しては手をあげていた。今やそんな元気は祖母にはない。ただ、その代わりとばかりに口がよく動くのが困りものだが。
「お天道様に顔向けできねえようなことをするなって口を酸っぱくして言ってるじゃろうが」「お天道様もまだ眠ってる時間さ」
つい皮肉な思いがこみ上げて勝手に口を動かした。
「屁理屈をいうでない、罰が当たるぞ」
「悪いことをして罰が当たるっていうなら、世の中にゃあ八州廻りも番太もいらなくなるな、婆さま」
「おまえって奴は――」
平太の返答に祖母は目を吊り上げてわななく。
「ほんに、あの男にそっくりだ」
その言葉が告げられたとたん、平太は水の中に潜ったときの感覚を耳におぼえた。妙に冷え冷えとした心持ちになる一方で、今にも破裂しそうな感情が胸のうちに膨らむ。
明け方、住処に帰ると藁布団に横になり掻巻(かいまき)かけた姿勢で自分を睨みつける祖母と顔を合わせることになった。
歳を食ったせいか陽が落ちてすぐに眠ってしまい起きる刻限も早いのだ。
「おめえ、また賭場に行ったんだってな」
仇を今にも刺し殺そうとするかのごとき目つきで祖母は孫を睨む。
平太は無言で濯ぎを使って板間にあがった。言い訳しても無駄であろうからだ。
また、誰ぞが告げ口したのだろう――。
村を厭う空気が伝わっているのか、平太は住民たちに嫌われていた。単にいい顔をしない者から露骨に蔑む者まで様々いるが、とにかく嫌悪の対象となっているのは事実だ。ために、平太が祖母の気に食わぬであろうことをすると、村の衆は親切めかし注進に及ぶ。
おれが賭場に足を運んだことを知っているということは――。
十中八九、そいつも賭場の客になっていた人間に決まっているのだが、祖母の硬くなった頭はそこに思い至らない。あるいは思い至ったとしても、どうでもいいのか。
だが、まあ前よりはましだ――平太が童の頃はよく祖母は癇癪を起しては手をあげていた。今やそんな元気は祖母にはない。ただ、その代わりとばかりに口がよく動くのが困りものだが。
「お天道様に顔向けできねえようなことをするなって口を酸っぱくして言ってるじゃろうが」「お天道様もまだ眠ってる時間さ」
つい皮肉な思いがこみ上げて勝手に口を動かした。
「屁理屈をいうでない、罰が当たるぞ」
「悪いことをして罰が当たるっていうなら、世の中にゃあ八州廻りも番太もいらなくなるな、婆さま」
「おまえって奴は――」
平太の返答に祖母は目を吊り上げてわななく。
「ほんに、あの男にそっくりだ」
その言葉が告げられたとたん、平太は水の中に潜ったときの感覚を耳におぼえた。妙に冷え冷えとした心持ちになる一方で、今にも破裂しそうな感情が胸のうちに膨らむ。
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