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しかし、それ以上に難敵を無事に片づけられたという思いが優っている。
久脩は小さく安堵の息をついた。ただし、
これで識神がすべてであればよいが――。
胸のうちには不安が兆している。術者を倒さない限り“終わり”は訪れない。それが動かしがたい現実だった。
六
「いかがなされた、そのお姿は」
久脩の泥にまみれ、狩衣に破れ目を生じさせた姿を目の当たりにし、冷泉父子が目を見張った。
「懸念の通り、識神が現れたのでざいます」
久脩は下座に腰をおろしながら疲れた声で応じる。
広純が識神発見の報をもたらしてから、久脩は腹を決めて冷泉父子に自分がこの地を訪れた“もうひとつの目的”も明かしていた。久脩のせめてもの誠意だった。それ故の返答だ。
「さようか」
冷泉為純が表情を険しくする。他方、
「御働き、重畳にございます」
為勝は感心の念を顔に刷いた。そんなふたりは、ふだんの狩衣ではなく鎧直垂(ひなたれ)姿となっている。
「そのお姿は」「むろん、戦の準備じゃ」
久脩の問いかけに、為純が厳めしく首肯した。
「領内に陣触れを出したのだ」
為勝も眦を決して言葉を継ぐ。そこに悲愴さはない。
気合いは十二分というところだが、公家にいったどれだけの武働きができるのか、そんな思いが久脩の脳裏をかすめた。
久脩は小さく安堵の息をついた。ただし、
これで識神がすべてであればよいが――。
胸のうちには不安が兆している。術者を倒さない限り“終わり”は訪れない。それが動かしがたい現実だった。
六
「いかがなされた、そのお姿は」
久脩の泥にまみれ、狩衣に破れ目を生じさせた姿を目の当たりにし、冷泉父子が目を見張った。
「懸念の通り、識神が現れたのでざいます」
久脩は下座に腰をおろしながら疲れた声で応じる。
広純が識神発見の報をもたらしてから、久脩は腹を決めて冷泉父子に自分がこの地を訪れた“もうひとつの目的”も明かしていた。久脩のせめてもの誠意だった。それ故の返答だ。
「さようか」
冷泉為純が表情を険しくする。他方、
「御働き、重畳にございます」
為勝は感心の念を顔に刷いた。そんなふたりは、ふだんの狩衣ではなく鎧直垂(ひなたれ)姿となっている。
「そのお姿は」「むろん、戦の準備じゃ」
久脩の問いかけに、為純が厳めしく首肯した。
「領内に陣触れを出したのだ」
為勝も眦を決して言葉を継ぐ。そこに悲愴さはない。
気合いは十二分というところだが、公家にいったどれだけの武働きができるのか、そんな思いが久脩の脳裏をかすめた。
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