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「殿下に関わり合いになるのは止めたにいたせ」
平安雲居に属さない彼だが、その存在は薄々察知しているのだろう、表情に気づかいの色が宿っていた。
「乱世とは大風のようなものでおじゃる。源平、南北朝とくり返せど、いつかは収まるものでおじゃろう。なにもみずからを危うくすることはない」
それもひとつの考え方だろう。
だが、久脩には肯んじることはできない。各々が無責任に欲望や感情に取りつかれて動いた結果がこの戦国乱世だと思うのだ。だったら、たとえ小さな人間ひとりでもなにかをなすべきだろう。
「お心遣い痛み入りまする、義兄上様(あにうえさん)」
久脩の返答に、晴豊はむずかしい顔をした。
義理の弟ということもあるが、土御門家の当主が死んでもし継ぐ者が居なければ援助もまた途切れることになる、そういう懸念もあるだろう。それが“家”の当主というものだ、冷たい批判するのはお門違いだ。
「まったく、そういう利かん気の強さは、妻(うもじ)にそっくりでおじゃる」
口ではあきれたふうに言いながら晴豊はどこかまぶしげな目をしている。
彼はふいに立ち上がるや部屋の隅の文机に向かった。
久脩が怪訝な視線を向けていると、なにやら筆を紙面に走らせた彼がもどってきてそれを差し出す。
「播磨には冷泉家の所領がおじゃる。紹介状をしたためたゆえ、何か困った折は訪れるとよいでおじゃる」
「ありがとう存じます」
久脩は晴豊の気づかいにすこし胸を熱くした。
乱世のこと、若輩の身で父を亡くすことなど珍しくないが、それで心細さが減じる訳ではない。自分が“土御門家を背負って立たなければ”と気負っていたことを久脩は自覚する。
それを見透かしたように、
「こちは先代、先々代と長生きでおじゃるから、まだしも気楽でおじゃるが、そもじのごとき齢で家を継ぐのは大変でおじゃろう」
と同情の言葉を吐いた。
平安雲居に属さない彼だが、その存在は薄々察知しているのだろう、表情に気づかいの色が宿っていた。
「乱世とは大風のようなものでおじゃる。源平、南北朝とくり返せど、いつかは収まるものでおじゃろう。なにもみずからを危うくすることはない」
それもひとつの考え方だろう。
だが、久脩には肯んじることはできない。各々が無責任に欲望や感情に取りつかれて動いた結果がこの戦国乱世だと思うのだ。だったら、たとえ小さな人間ひとりでもなにかをなすべきだろう。
「お心遣い痛み入りまする、義兄上様(あにうえさん)」
久脩の返答に、晴豊はむずかしい顔をした。
義理の弟ということもあるが、土御門家の当主が死んでもし継ぐ者が居なければ援助もまた途切れることになる、そういう懸念もあるだろう。それが“家”の当主というものだ、冷たい批判するのはお門違いだ。
「まったく、そういう利かん気の強さは、妻(うもじ)にそっくりでおじゃる」
口ではあきれたふうに言いながら晴豊はどこかまぶしげな目をしている。
彼はふいに立ち上がるや部屋の隅の文机に向かった。
久脩が怪訝な視線を向けていると、なにやら筆を紙面に走らせた彼がもどってきてそれを差し出す。
「播磨には冷泉家の所領がおじゃる。紹介状をしたためたゆえ、何か困った折は訪れるとよいでおじゃる」
「ありがとう存じます」
久脩は晴豊の気づかいにすこし胸を熱くした。
乱世のこと、若輩の身で父を亡くすことなど珍しくないが、それで心細さが減じる訳ではない。自分が“土御門家を背負って立たなければ”と気負っていたことを久脩は自覚する。
それを見透かしたように、
「こちは先代、先々代と長生きでおじゃるから、まだしも気楽でおじゃるが、そもじのごとき齢で家を継ぐのは大変でおじゃろう」
と同情の言葉を吐いた。
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