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 元は将軍家の家臣でありながら、義昭と信長の仲立ちをするうちに後者へと鞍替えした人物だった。そういう意味であれば“前科”はある。だが、それは利に聡いがゆえのことだ。そう考えると納得がいかない。
 武田信玄が生きていた頃であれば、義昭の形成した信長包囲網の側につくのも分かる。だが、かの巨人が鬼籍に入った今、織田信長が苦しい立場であることに変わりがないとはいえ返り忠を試みるほどの状況とも思えない。梟雄、松永久秀ならばともかく頭脳明晰さで知られる明智光秀の行動としては理解に苦しむ。
「それはできませぬ」「なにゆえ」
 足軽の返答に、すわ、謀反は始まっているか、と久脩は緊張を高めた。
「今、陣に殿はおりませぬ」「されば、いずこにおられる?」
 久脩は警戒を解かずに言葉をかさねる。それこそ、自分に忠実な者を連れて誰か将を討ち取ろうとしているということすら考えられた。
「丹羽様の陣所におられまする。明日の城攻めための談合のためとかで」
「丹羽様の陣所だな」
 使いに走りましょうか、という言葉を無視して久脩は次郎太を連れて丹羽長秀の陣に向けて早足に歩き出す。
「日向守の挙動、凶兆ではないとようございますが」
 次郎太が隣を歩きながら囁いた。
 と、そこで偶然にも向こうから供回りの者と歩いてくる明智光秀とかち合う。それでつい久脩は瞠目した。
「いかがされた、陰陽頭殿」
 元は将軍家家臣として働いていたこともあって光秀はこちらを見知っているようだ、微笑を浮かべてたずねてくる。
「貴公に伝えたい儀がございます」
「ほう、なんでござろうか」
 真剣な久脩に、あくまで物腰柔らかに日向守は応じた。
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