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 二月末日、久脩は鈴木孫一の城にせまりつつある軍勢の只中にいた。信忠の警固も大事だが、それに匹敵する逼迫した事態を知ってここを訪れたのだ。
 まさか、あの仁が返り忠を存念されているとは――。
 久脩は信じられない思いで、野営する兵たちの間を縫ってひとつの陣を目指していた。
 たどりついたのは、織田家の部将のひとりの陣所、幔幕だ。その前に立って、改めて肌が粟立つのを感じる。手足が急に冷え冷えとした。
「うろんな仁、氏素性を名乗られよ」
 表情の硬い久脩を見咎めて、幔幕の出入り口の前で警固に立っていた足軽が誰何の声をあげる。
「こちは陰陽頭、土御門久脩」
 陰陽頭、と足軽がいぶかしげな顔をした。その表情が、
「父の代より織田内府様に恩顧を賜りし身でございまする」
 というせりふで緊張したものになった。
 容赦のないことで知られる信長だ。その人物と交流のある人間に粗相があれば、という恐怖を感じたのだろう。
「惟任日向守様に用が会って参った。目通りを願いたい」
 久脩は“その名”を口にした。
 そう、内通を疑われるのは明智光秀その人だったのだ。
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