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一方で、胸のうちに多量の砂が流れ込んだかのように苦しかった。自分から家族の話を持ち出しているが、それでかえって後ろ暗さを久脩は感じている。単に脅しつけるよりもこたえていた。
父の姿が脳裏に甦る。朝廷の命にしたがい、病床にありながら家司では伝えきれない分の陰陽道の術を必死に息子につたえた。
我が父有春が三十四の齢(よわい)で陰陽頭となったことを考えれば、なんと我ら父子のせわしないことよ――顔色の悪い顔に笑みを浮かべながら、誤って伝授の内容の一部を記憶していたことがあきらかになったときに慰めるように言っていた。
されど、その父が生きていたのも先祖代々が懸命に、尽力して生きてこそ――。
ふと、自分の命が重みを増したような気がしてくる。
間接的にとはいえ、命のやり取りの場に長いこと時間を置いたことで営々と受けつがれてきた生命について感じるところがあった。
「会いとうございます」
忠助が涙声で返辞をする。
それで久脩は我に返った。後ろ暗さはわずかばかりも薄れていない。だが、その重さを背負って前に進む力がなぜか四肢にわいてきた気がする。
「されば、知っていることをすべて明かされよ」
久脩は語気を強めて告げた。
天正五年二月九日、本拠である安土城を人馬の列が続々と発って行く。案内には雑賀衆が付き従っていた。
むろん、尋問で内応の事実が明らかになった者は外されている。
父の姿が脳裏に甦る。朝廷の命にしたがい、病床にありながら家司では伝えきれない分の陰陽道の術を必死に息子につたえた。
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されど、その父が生きていたのも先祖代々が懸命に、尽力して生きてこそ――。
ふと、自分の命が重みを増したような気がしてくる。
間接的にとはいえ、命のやり取りの場に長いこと時間を置いたことで営々と受けつがれてきた生命について感じるところがあった。
「会いとうございます」
忠助が涙声で返辞をする。
それで久脩は我に返った。後ろ暗さはわずかばかりも薄れていない。だが、その重さを背負って前に進む力がなぜか四肢にわいてきた気がする。
「されば、知っていることをすべて明かされよ」
久脩は語気を強めて告げた。
天正五年二月九日、本拠である安土城を人馬の列が続々と発って行く。案内には雑賀衆が付き従っていた。
むろん、尋問で内応の事実が明らかになった者は外されている。
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