信長、秀吉に勝った陰陽師――五色が描く世界の果て(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「わしとて、天下布武の始まりは手前勝手な事由に過ぎぬ」
「手前勝手な事由でございますか」
 思わず久脩は聞き返す。それに信長はふたたび皮肉な笑みを浮かべた。
「乱世の習いとして、兄弟と殺し合うことになったからの。かような世は変えねばならぬと存念した次第よ」
 その言葉を聞いた瞬間、久脩はなるべく思い出さないようにしていた山の民の子どもの記憶を甦らせる。
「その御存念、天道に適うと手前は思いまする」
 反射的に久脩は語調も強く告げていた。
 その反応に、信長は束の間呆気に取られた顔をする。が、すぐに嬉しそうな表情を浮かべた。その顔つきには家族と親しくし家事の手伝いを子どもにさせていた、苛烈さとは対極にある一面に通じる雰囲気がただよう。
 信長は上機嫌な声を出す。「愉快な奴だの、陰陽頭」
 久脩はどう応じたものかと戸惑っていると、
「お主は“まことの”乱世を知っておるな」
 信長が言葉をかさねた。その視線は単に当てずっぽうを口にした者のものではなく、心の奥底を見透かすような色が宿っていた。
 久脩は頬を強張らせて声を詰まらせる。耳の奥に、遠い過去の声が聞こえてきた。
『お願いでございまする、御慈悲を、どうか命だけは』
 陰陽頭、と呼ばれて久脩は我に返る。目の前には織田信長の姿があった。自分が彼に呼ばれて卜占を乞われたことを思い出し慌てた。
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