直刀の誓い――戦国唐人軍記(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)

牛馬走

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 ……が、前者の斬撃はやや位置がずれ、兜を裂くにとどまっていた。致命傷にはいたらない。そして、ゆっくりと安兵衛が倒れた。前後して、脳震盪(のうしんとう)を起こしたらしい甚助が体をかたむける――
 今しかない――心剣合一(しんけんごういつ)(剣禅一如)、三蔵は鏢を紅孩児の、そして父の仇となったかつての師父の眼窩に放った。
 刃が届くまでの瞬間がとてつもなく長く感じる。おだやかな川の水面を流れる木の葉のように、宙を進む鏢の動きが遅い――が、ついにその刃先が眼球に達した。
 とたん、通常の時間の流れがもどってくる。
 地面に甚助がうつ伏せに倒れた。
 三蔵は思わず彼に駆け寄る。膝をついて、対手の最後の言葉を聞こうとする――
「妻子を失ってから、い、生きるのが辛かった……」
 これで死ねる、そんな表情で師は語った。
 そんな彼に対し、
「俺たちは辛くとも生きてきた!」
 三蔵は怒声でもってこたえる。
 ――そんな彼女の言葉に、師の横顔には驚愕の念が浮かんだ。次いで、悔やむような顔つきになる。
「そうか――すまなかった」
 ……謝罪の言葉を残し、甚助は逝った。
 だが、戦いは終わっていない。
 相かわらず、周囲では地獄絵図のような光景が繰り広げられている。
 ゆっくりと、師や父の死について考える時間もない――
「賢兼様ッ!」
 そこに、右近の悲鳴が聞こえてきた。
 声の方を見やると、敵の槍に首を薙がれ馬から落ちる主の姿が視界に入る。
 くっ、三蔵は歯噛みした。明人の自分たちをほかの士卒と分け隔てなく扱ってくれた彼の死は胸にくるものがある。
 が、さらに状況は悪化した。
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