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「おっ、飴屋だってよ、八戒」
紅孩児が目ざとく市場町の一角をさし、嬉しそうな顔で彼を見やる。が、次の瞬間その眼が丸くなった。
「うわっ、いつの間にあがなったんだよ、それ!?」
紅孩児の視線の先では、八戒が眼を細めた幸福そうな顔で粟餅を口に運んでいる。もう一方の手には、さも大事そうに無数の粟餅がかかえられていた。
(おお、まことだ――いつの間に!?)
奇術のような素早さに、三蔵も声に出さずに驚く。
他の仲間たちも瞠目して八戒のことを見た。
――彼らの視線を一身に受けながらも、彼はあっという間に粟餅を胃袋に収める。
「よし、紅孩児。飴をあがないに行くぞ!」
しかも、最後の粟餅が口のなかに消すや、彼はそういって飴屋に向かって突撃する。
「おっ、一番手は俺だぞぉ!」
それに闘争心を刺激され、紅孩児が脛を飛ばして走る。
三蔵はそんなふたりを笑って見送った。悟浄や金角・銀角も似たような表情を浮かべ、悟空はあきれ果てたという顔をしている。
……もし、日の本に渡らずに明で生きていたならば、こんなふうに楽しい思いをすることもなかっただろう。
胸のうちを黒い影がかすめた――総身に寒気が走り、身体が急に重くなったような感覚に襲われる。
嫌な記憶が脳裡に浮かびそうになり、三蔵はまぶたを強く閉じた。
紅孩児が目ざとく市場町の一角をさし、嬉しそうな顔で彼を見やる。が、次の瞬間その眼が丸くなった。
「うわっ、いつの間にあがなったんだよ、それ!?」
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(おお、まことだ――いつの間に!?)
奇術のような素早さに、三蔵も声に出さずに驚く。
他の仲間たちも瞠目して八戒のことを見た。
――彼らの視線を一身に受けながらも、彼はあっという間に粟餅を胃袋に収める。
「よし、紅孩児。飴をあがないに行くぞ!」
しかも、最後の粟餅が口のなかに消すや、彼はそういって飴屋に向かって突撃する。
「おっ、一番手は俺だぞぉ!」
それに闘争心を刺激され、紅孩児が脛を飛ばして走る。
三蔵はそんなふたりを笑って見送った。悟浄や金角・銀角も似たような表情を浮かべ、悟空はあきれ果てたという顔をしている。
……もし、日の本に渡らずに明で生きていたならば、こんなふうに楽しい思いをすることもなかっただろう。
胸のうちを黒い影がかすめた――総身に寒気が走り、身体が急に重くなったような感覚に襲われる。
嫌な記憶が脳裡に浮かびそうになり、三蔵はまぶたを強く閉じた。
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