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三
翌日、いつも通りに朝の稽古をこなし、いつも通りに朝餉をとった三蔵たちは、蒲船津城に登城した。城といっても、天守閣と備えているようなものではなく――そもそも、天守閣を備えている城というものが戦国時代では稀有だった――館と呼んだ方がしっくり来る建物だ。
登城した彼らは、広間に面する庭へと案内される。
ただ地面がならされただけの場所には、すでに士卒たちが集っていた。広間には円久尼――そして、城主である百武賢兼の姿もある。彼は武骨な顔立ちの、いかにも“武士(もののふ)”という風貌をしていた。
賢兼と円久尼の一番の信を得ている士、下口(したぐち)保知(やすとも)が行司役になって試合の進行を担う。
「先鋒、前へ!」と下口がかくしゃくたる声で宣言した。
それにこたえ、三蔵たちからは紅孩児が庭の中央に進み出る。その手には、革鞘をかぶせた双刀をたずさえていた。
一方、旧来の家臣の側からは、彼とは対照的な猪武者(いのむしゃ)が長巻(ながまき)を木で模した得物を手に所定の位置に立った。
長巻は野太刀(のだち)に把(つか)(柄)をつけて間合いを長くした工夫したものだ。文献などには、「槍に不調法の者が長巻を使った」と説明されている。つまり、槍や薙刀などの主力武器の補助的な位置にあったということだ。
各々、襷がけをし、股立ちを高くとっている。
「――このような子供とそれがしが立ち合わせねばならぬと申すのか、下口殿!」
対手の士が憤怒の表情で叫ぶ。
「殿の御前であるぞ、口を慎め!」
それに倍する声で下口が怒鳴りつけた。
紅孩児の対手はそれに鼻白み口を閉ざす。そして、八つ当たりするように紅孩児をにらみつけた。
――賢兼と円久尼は士の非礼を責めるでもなく、遠国(おんごく)からやって来た年若い異国人(とつくにびと)の兵法者に興味津々の眼を向けている。どうやら、似た者夫婦らしい。
翌日、いつも通りに朝の稽古をこなし、いつも通りに朝餉をとった三蔵たちは、蒲船津城に登城した。城といっても、天守閣と備えているようなものではなく――そもそも、天守閣を備えている城というものが戦国時代では稀有だった――館と呼んだ方がしっくり来る建物だ。
登城した彼らは、広間に面する庭へと案内される。
ただ地面がならされただけの場所には、すでに士卒たちが集っていた。広間には円久尼――そして、城主である百武賢兼の姿もある。彼は武骨な顔立ちの、いかにも“武士(もののふ)”という風貌をしていた。
賢兼と円久尼の一番の信を得ている士、下口(したぐち)保知(やすとも)が行司役になって試合の進行を担う。
「先鋒、前へ!」と下口がかくしゃくたる声で宣言した。
それにこたえ、三蔵たちからは紅孩児が庭の中央に進み出る。その手には、革鞘をかぶせた双刀をたずさえていた。
一方、旧来の家臣の側からは、彼とは対照的な猪武者(いのむしゃ)が長巻(ながまき)を木で模した得物を手に所定の位置に立った。
長巻は野太刀(のだち)に把(つか)(柄)をつけて間合いを長くした工夫したものだ。文献などには、「槍に不調法の者が長巻を使った」と説明されている。つまり、槍や薙刀などの主力武器の補助的な位置にあったということだ。
各々、襷がけをし、股立ちを高くとっている。
「――このような子供とそれがしが立ち合わせねばならぬと申すのか、下口殿!」
対手の士が憤怒の表情で叫ぶ。
「殿の御前であるぞ、口を慎め!」
それに倍する声で下口が怒鳴りつけた。
紅孩児の対手はそれに鼻白み口を閉ざす。そして、八つ当たりするように紅孩児をにらみつけた。
――賢兼と円久尼は士の非礼を責めるでもなく、遠国(おんごく)からやって来た年若い異国人(とつくにびと)の兵法者に興味津々の眼を向けている。どうやら、似た者夫婦らしい。
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