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第一章
一
「おい、見えたぞ!」
癖の強い鳥の巣のような髪と濃い体毛をそなえた仲間、孫悟空(そんごくう)が眼を子供のように輝かせて叫ぶ。
確かに彼が指さす方に視線を向けると、かすかに陸地の陰が快晴の景色の中にかすかに見えていた。その間に横たわる広々とした水面、海は彼らの期待を反射するようにきらきらと輝いている。
悟空の声で、甲板の船首に三蔵一行が集まった。
「ついにだな」
総髪に端整な顔立ちの男、沙悟浄(さごじょう)普段の冷静さを薄れさせ高揚した表情を浮かべる。
「ああ」と仲間たちの宰領(さいりょう)である三蔵は顎を引いた。彼も悟浄と同じく整った顔立ちをしているが、こちらはさらに女人(にょにん)に近い繊細な目鼻立ちをしている。
「どこだどこだ!」
「よっ、と」
仲間のうちに最年少十二歳の紅孩児(こうがいじ)が騒ぐのを、七尺近くの上背を持つ双子の片割れ、金角(きんかく)が肩車をして陸地の方向を向いて所在を教える。
「こら、俺を子供扱いするな!」と紅孩児が怒って抵抗するが、
「ははは、俺(おで)から見たらまだまだ小さい、なあ弟よ」
と金角が笑って離さない。
「そうだな、兄者」隣に立つ銀角(ぎんかく)が眼を細めてうなずく。
一卵性の双子の金角と銀角は瓜二つの顔をしている。見えているのか見えていないのか定かでない細い双眸に、丸く潰れた鼻に薄い唇とのっぺりとしたどこか愛敬のある顔貌をしている。
そんな二人を「離せ、木偶の坊どもぉ!」生意気な顔立ちをした紅孩児が罵った。
「日の本に来ても変わらねぇな~、俺たちは」
最後に姿を現した猪八戒(ちょはっかい)が、腹を揺すって笑う。彼は、常人数人分の肉を身のうちに蓄えた大兵(だいひょう)肥満(ひまん)だ。つぶらな瞳に上を向いた潰れた鼻と、まさに豚のような顔つきをしている。
もちろん、それぞれの名前は偽名だ。本来の名前を、国――明とともに捨ててきた。
「おう、大願成就ってやつだな」
その場に新たな人影が現われた。この、倭寇の船の頭目だ――いかにも海の男といった男くさい顔に明るい笑みを浮かべている。
航海の途上で共に他の海賊を撃退した仲なだけに親しげな態度だ。下働きと船の防衛が乗船の条件、仕事だったとしても、やはり一緒に危険をくぐり抜けたという事実は大きかった。
「いえ、大願成就はまだです」
三蔵はおだやかな顔で対手(あいて)の言葉を否定する。
「ん? 日の本に渡るのがお前たちの目的じゃなかったのか?」
「日の本で成り上がることこそ、我らの望み」
不思議そうな顔をする小海賊の頭領に、三蔵は不敵な笑みでこたえる。
「――おう、そうだったな」
頭領は楽しそうに声を立てて笑った。
一
「おい、見えたぞ!」
癖の強い鳥の巣のような髪と濃い体毛をそなえた仲間、孫悟空(そんごくう)が眼を子供のように輝かせて叫ぶ。
確かに彼が指さす方に視線を向けると、かすかに陸地の陰が快晴の景色の中にかすかに見えていた。その間に横たわる広々とした水面、海は彼らの期待を反射するようにきらきらと輝いている。
悟空の声で、甲板の船首に三蔵一行が集まった。
「ついにだな」
総髪に端整な顔立ちの男、沙悟浄(さごじょう)普段の冷静さを薄れさせ高揚した表情を浮かべる。
「ああ」と仲間たちの宰領(さいりょう)である三蔵は顎を引いた。彼も悟浄と同じく整った顔立ちをしているが、こちらはさらに女人(にょにん)に近い繊細な目鼻立ちをしている。
「どこだどこだ!」
「よっ、と」
仲間のうちに最年少十二歳の紅孩児(こうがいじ)が騒ぐのを、七尺近くの上背を持つ双子の片割れ、金角(きんかく)が肩車をして陸地の方向を向いて所在を教える。
「こら、俺を子供扱いするな!」と紅孩児が怒って抵抗するが、
「ははは、俺(おで)から見たらまだまだ小さい、なあ弟よ」
と金角が笑って離さない。
「そうだな、兄者」隣に立つ銀角(ぎんかく)が眼を細めてうなずく。
一卵性の双子の金角と銀角は瓜二つの顔をしている。見えているのか見えていないのか定かでない細い双眸に、丸く潰れた鼻に薄い唇とのっぺりとしたどこか愛敬のある顔貌をしている。
そんな二人を「離せ、木偶の坊どもぉ!」生意気な顔立ちをした紅孩児が罵った。
「日の本に来ても変わらねぇな~、俺たちは」
最後に姿を現した猪八戒(ちょはっかい)が、腹を揺すって笑う。彼は、常人数人分の肉を身のうちに蓄えた大兵(だいひょう)肥満(ひまん)だ。つぶらな瞳に上を向いた潰れた鼻と、まさに豚のような顔つきをしている。
もちろん、それぞれの名前は偽名だ。本来の名前を、国――明とともに捨ててきた。
「おう、大願成就ってやつだな」
その場に新たな人影が現われた。この、倭寇の船の頭目だ――いかにも海の男といった男くさい顔に明るい笑みを浮かべている。
航海の途上で共に他の海賊を撃退した仲なだけに親しげな態度だ。下働きと船の防衛が乗船の条件、仕事だったとしても、やはり一緒に危険をくぐり抜けたという事実は大きかった。
「いえ、大願成就はまだです」
三蔵はおだやかな顔で対手(あいて)の言葉を否定する。
「ん? 日の本に渡るのがお前たちの目的じゃなかったのか?」
「日の本で成り上がることこそ、我らの望み」
不思議そうな顔をする小海賊の頭領に、三蔵は不敵な笑みでこたえる。
「――おう、そうだったな」
頭領は楽しそうに声を立てて笑った。
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