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「……そうだな」
蔵人は一つ頷き、顎の下や額の汗を持ってきた手拭いで拭った。
二人して、胡座をかいて海の方に身体を向けて座る。
潮騒が優しく耳に届き、穏やかな波が岸に打ち寄せては退いていった。
昨日は大事になったばい……――と昨夜のことを思い出す。
鬼――賊に敗れたことも大きな出来事ではあった。兵法者としての誇りには大きな瑕(きず)がつき、耐えがたい羞恥を感じた。
だが、それとは違った意味で蔵人の精神を疲弊させることがあったのだ。
蔵人は疵の手当てをするために、逗留している大店に戻ろうとする。
既に千里の姿は辺りにはない。蔵人の負った疵が死ぬほどのものではないと知ると、さっさと姿を消してしまったのだ。
――と、そこで戸の内側に気配が近づく。
「誰か、そこにおられるのですか?」
心細そうな鶴の声が内側から聞こえた。
「拙者だ」と蔵人は声を柔らかくして娘を怯えさせないように応える。
「こんなに夜半にですか……?」
と戸惑った声を上げながらも、鶴が戸を開けた。蔵人の姿を認めた刹那、その眼が大きく見開かれた。
……ん? と一瞬、蔵人は怪訝に思ったが、すぐに己の今の姿に思い至る。
「――ど、どうなさったのですか?」
鶴が声を裏返して問うた。
蔵人は一つ頷き、顎の下や額の汗を持ってきた手拭いで拭った。
二人して、胡座をかいて海の方に身体を向けて座る。
潮騒が優しく耳に届き、穏やかな波が岸に打ち寄せては退いていった。
昨日は大事になったばい……――と昨夜のことを思い出す。
鬼――賊に敗れたことも大きな出来事ではあった。兵法者としての誇りには大きな瑕(きず)がつき、耐えがたい羞恥を感じた。
だが、それとは違った意味で蔵人の精神を疲弊させることがあったのだ。
蔵人は疵の手当てをするために、逗留している大店に戻ろうとする。
既に千里の姿は辺りにはない。蔵人の負った疵が死ぬほどのものではないと知ると、さっさと姿を消してしまったのだ。
――と、そこで戸の内側に気配が近づく。
「誰か、そこにおられるのですか?」
心細そうな鶴の声が内側から聞こえた。
「拙者だ」と蔵人は声を柔らかくして娘を怯えさせないように応える。
「こんなに夜半にですか……?」
と戸惑った声を上げながらも、鶴が戸を開けた。蔵人の姿を認めた刹那、その眼が大きく見開かれた。
……ん? と一瞬、蔵人は怪訝に思ったが、すぐに己の今の姿に思い至る。
「――ど、どうなさったのですか?」
鶴が声を裏返して問うた。
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