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 鬼は、
「東の果ての剣士の腕の程、拝見させてもらおう」
 と見得を切って、剣を掲げるようにして胸の前に片手で持った。
 見たこともない構えに、蔵人は警戒を強める。鬼云々の話が眉唾だとしても、相当に遣える相手であることはその隙のない立ち方から窺えた。
 膝を柔らかく曲げ、踵が直角に交わるような構え――蔵人の知らない剣の理合(りあい)だが、頼慶の例からも判るように、それが必ずしも理に適っていないとは限らない。
 ――このとき、蔵人は決して油断していなかった。
 ただ、異常な相手に対して、静かに心を乱していたのも確かだ。
 鬼だというのが嘘だとしても、血を啜るのは本当だろう。
 そして、見た事もない得物とその術理……それらが重なり、鬼が見せていた超人的な身のこなしについて、つい失念していた。
 ……気づけば、相手が間合いへと飛び込んでいる。既に剣が繰り出されようとしているのが、兵法の修行の積んだ蔵人には理解できた。死に物狂いで蔵人は体を開く――紫電一閃、稲妻の如き突きが眼球に向かって襲いかかる。
 間一髪、回避は成功し、狙いの逸れた刃先が頬を掠めただけに終わった。――いや、終わらない。こちらが刀を振るう間を与えずに、縦横無尽に細い剣が動く。脇腹、小手への突き、袈裟斬り、さらに前後への足運び、それらが合わさってまるで幾人もの相手に襲われているような錯覚に陥った。
 刀で弾き、体を開き、脚を動かし、死力を尽くして蔵人は刃(やいば)の雨を凌ぐ。
 敵の攻撃は、半身になって片手を伸ばすから、両手で刀を握る日の本の刀法の丁度倍の間合いを有している。大刀を使ったならその重さ故に幾度も片手で振るうことなど出来ないだろうが、それを補うためか相手の使う剣はかなり軽量に作られているようだ――。
 このままでは、一颯(いっさつ)もせずに殺(や)られるばい――全身に細かい裂傷を作り、血の筋を引きながら蔵人は焦りながらそんな思いを抱く。
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