ニルヴァーナ――刃鳴りの調べ、陰の系譜、新陰流剣士の激闘(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 だが、一方で侍が私欲ためだけに動く者がいることを蔵人は知っている。
 己自身、弟子の頼慶、兄弟子の文五郎、そして師匠の上泉伊勢守信綱――幾つもの出会いでそれを学んできた。
 そのことを伝えたくて口を開こうとしたところで、千里が突然立ち上がる。
「――どぎゃんした?」と思っていたのとは違う台詞が口をついて出た。
「お前たちと一緒にいると気分が悪い。――心配するな、役目を放り出したりはしない」
 そう言い残し、千里は部屋を出て行く。
 すべてを拒絶するような頑なな背中に対し、蔵人はかける言葉を持たなかった……

   6

 ――初陣から戻った蔵人を、一族は拍手歓喜で迎えた。
 父子揃っての手柄、それに敵を退けた喜びが重なり、それは盛大なものだ。
 一族皆が蔵人の生家に集まり、各々が持ち寄った祝いの品を贈り、酒や肴を振る舞っている。昼間から大盛り上がりだ。
 酒を呑める齢の者は顔を赧(あか)らめ陽気に笑っていた。年端もいかない者も、豪勢な食事や華やいだ空気に浮かれ、同じ年頃の童子と戯れている。
 だが、酒宴の主賓である蔵人の表情は沈んだものだ。友を亡くしたばかりだ……宴など楽しめるはずもない。食欲もなく、食事に手をつけないまま注がれる酒を胃の腑に流し込んでいる。仏頂面だが、尚武の気風溢れる地であるため、愛想よくするよりもかえって、「うむ、なかなかの武辺者(ぶへんもの)」と喜ばれる始末だ。
 ……やがて、酒宴も進んでくると、親戚一同も各々親しい者との雑談に興じ始める。父も上座の席を外し、それぞれの輪を廻って親しげに声をかけていた。
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