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 一軒の旅籠(はたご)に腰を落ち着けると、店売(たなうり)や振売(ふりうり)の元を訪れて夕餉の材料を買い求める。この頃の宿は食事を供することはなかったから各々が己で用意しなければならない。
 新鮮な白身魚な野菜を手に入れた蔵人たちは、宿の一階の囲炉裏を囲んで鍋を作った。その匂いに釣られるようにして、他の客――商人や琵琶法師が集まってくる。
「旦那方、あっしもお相伴に預からしてもらねぇかい?」
 そういいながら、初老の商人は藁づとに包んだ鳥肉を取り出してみせた。福の神を思わせる風貌の持ち主だ。
「拙僧もお頼み申したい」と告げ、壮年の琵琶法師は茸(きのこ)を供す。こちらは、仏を思わせる柔和な顔立ちをしていた。
「遠慮せずに召し上がってくだされ」
 肥後訛りを抑えた蔵人がそれに応えた。
「賑やかな方が飯は美味かろう」とそれに文五郎が賛意を示す。
 二人の言葉に従い、頼慶が商人と琵琶法師の腕に鍋の中身をよそった。
「お主等、これはいける口か?」
 蔵人は、さらに瓢を手に取って掲げてみせる。
「いいんですか、旦那?」
 商人が顔をほころばせて喜んだ。
「かたじけのうございます」と琵琶法師も笑みで応じる。

 ――食が進み、酒を呑んだことで頬に赤味が差すころになると、商人と法師は大分饒舌になっていた。
「まったく、どこにいっても、戦、戦、戦――うんざりですよ、あっしは」
 商人がとろんとした眼をしながら世を嘆く。
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