ニルヴァーナ――刃鳴りの調べ、陰の系譜、新陰流剣士の激闘(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 顔の下半分が隠れるような形で、大上段に刀を握っている。文五郎が始めて目にする太刀遣いだ。守勢などというものは微塵も考えていない、烈火の如き刀法。
(まだまだこの世にはかように面白い刀法が存在するのだな……)
 無形(むぎょう)の位(くらい)――形や構えに頼らない剣、下段に剣先を下げて対峙する文五郎は胸の裡でごちた。新鮮な驚きを覚え、同時に闘志を掻き立てられている。天下一に近い兵法者の一人として、めったに無い大きな喜びを感じていた。
 ――相手の気配が急激に膨れ上がる。必殺の一撃がくる、そう察した瞬間自然に体が動いている。敵の動作に無理に逆らわず、あくまでも自然な流れの中で太刀を振るう「転(まろばし)」という新陰流の基本原理に従った。
 ――黒覆面が斬撃を放とうとした刹那、文五郎の大刀が籠手を裂いている。
 敵はくぐもった悲鳴を上げながら、堪らず一歩後退した。が、先にも倍する剣気を放ちながら再度、大上段からの一撃を見舞おうとする。
 転――手を離せば物が地面に落ちるのと同じような自然さで、横になった刀身が黒覆面の籠手を斬った。
 それでも、敵は闘志を失わない。手首から血を滴らせながらも、獣のような声を迸らせ襲いかかろうとした。
 転――三度目の籠手への斬撃。が、今度はそれだけでは終わらない。す、と予定調和のような動きで突きが黒覆面の咽へと放たれた。急所をやられた相手は、溢れ出る自らの血に溺れながら地面に倒れる……
 文五郎に勝利の昂揚はない。片手拝みをしながら、静かな心映(こころば)えでただ敵の死を憐れむ。

 頼慶は、金剛杖を構えながらも背筋に寒いものを感じていた。
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