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「わたしは、相良家に仕える透波、千里(せんり)」
と襲撃者は名乗りを上げる――その声は若い女性(にょしょう)のものだ。
そのことに、蔵人は唖然となる。女人が透波になることがあるのは知っているが、こうして襲撃されればやはり驚くものだ。
「其方、相良家に仕える透波といったな? ならなぜ、何故に我らを襲った?」
一方、それに動じなかった文五郎が千里に問いかける。
「……」と透波は口を閉ざして応えない。
その様子から、相手が何を思っているのか察した文五郎が、
「某は蔵人の兄弟子の疋田文五郎というものだ。怪しい者ではない」
自らの正体を明かす。
千里が真偽を確かめる目を蔵人に向けた。
「この人の言葉に嘘はなか。御役目を手伝(てつど)うてもらうことになっとるとよ」
我に返った蔵人は事情を説明する。
「事情が呑み込めたところで、御主がまことに相良家に仕える透波か確かめさせてもらう」
と頼慶が横から口を挟んだ。その眼にもありありと不信が窺える。
「六韜(りくとう)」と頼慶が告げると、「三略(さんりゃく)」と間を空けずに千里が応えた。
苦い顔をしながらも、それで頼慶は相手が相良家に仕えていると認める。
六韜と三略は明に伝わる兵法書で、現当主の義陽の父、晴広(はるひろ)が外祖父である上村長国(うえむらながくに)から次期家督継承者として知っておくべき相良家の故事来歴、弁えるべき分別として記し奏呈した『洞然長状(どうねんちょうじょう)』の中に引用されたものだ。それを、相良家の隠密に係わる者は合言葉に使っていた。
と襲撃者は名乗りを上げる――その声は若い女性(にょしょう)のものだ。
そのことに、蔵人は唖然となる。女人が透波になることがあるのは知っているが、こうして襲撃されればやはり驚くものだ。
「其方、相良家に仕える透波といったな? ならなぜ、何故に我らを襲った?」
一方、それに動じなかった文五郎が千里に問いかける。
「……」と透波は口を閉ざして応えない。
その様子から、相手が何を思っているのか察した文五郎が、
「某は蔵人の兄弟子の疋田文五郎というものだ。怪しい者ではない」
自らの正体を明かす。
千里が真偽を確かめる目を蔵人に向けた。
「この人の言葉に嘘はなか。御役目を手伝(てつど)うてもらうことになっとるとよ」
我に返った蔵人は事情を説明する。
「事情が呑み込めたところで、御主がまことに相良家に仕える透波か確かめさせてもらう」
と頼慶が横から口を挟んだ。その眼にもありありと不信が窺える。
「六韜(りくとう)」と頼慶が告げると、「三略(さんりゃく)」と間を空けずに千里が応えた。
苦い顔をしながらも、それで頼慶は相手が相良家に仕えていると認める。
六韜と三略は明に伝わる兵法書で、現当主の義陽の父、晴広(はるひろ)が外祖父である上村長国(うえむらながくに)から次期家督継承者として知っておくべき相良家の故事来歴、弁えるべき分別として記し奏呈した『洞然長状(どうねんちょうじょう)』の中に引用されたものだ。それを、相良家の隠密に係わる者は合言葉に使っていた。
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