ニルヴァーナ――刃鳴りの調べ、陰の系譜、新陰流剣士の激闘(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

８

　連鎖反応的に退却を始めた薩摩の兵を目の当たりにした人吉勢は、益々熱狂する。
　戦功を上げようと我先にと蔵人たちは追討(おいうち)をかけた。馬廻をはじめ、騎馬を中心とする者たちが次々と投入される。
　薩摩の兵たちは狂乱状態に陥った。恐怖で判断力を失っている――ただ、追い詰められた人間は侮れない。そのことに気をつけるよう、事前に父に告げられ蔵人はそのことを頭の片隅の冷静な部分に留め置いていた。
　だが、共に戦に参加していた蔵人の友、政信(まさのぶ)はそんなことなど頭にない。
　我を忘れて突出し、ひたすら敵を手にかけていた。……それが仇となる。

　悲鳴や怒号が飛び交う中、蔵人が気づいたときには政信は尻餅をついた敵兵の槍に胸を貫かれていた。半ば、槍の柄に支えられるような形で友は佇んでいる。致命傷なのはどこからどう見ても明らかだ。
　その光景を目にした途端、蔵人の世界から音が消える。敵味方、相当とも妙にゆっくりと動いているように見えた。まるで、水面の中にいるような――。
　長い時間、蔵人は硬直していたように思えたが、実際は数瞬のことだ。
　働きの鈍った頭が、何とか現実に起きている出来事を咀嚼し、理解へと至る。
　刹那、カッと肚の底が熱くなった。火矢でも飲み込んだかの如く、体の内側に灼熱感が広がる。全身の肌が、その熱で火照った。
「あ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア！」
　怒りの雄叫びを上げ、友の命を奪った敵めがけてまっしぐらに駆ける。