ニルヴァーナ――刃鳴りの調べ、陰の系譜、新陰流剣士の激闘(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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   第一章

   一

 城の敷地にある稽古場には、威勢のいい声がいくつも響いていた。この時代のことだから、稽古場といっても屋外だ。
 入門間もない者や若い侍が、地面に立てられた複数の木の棒に木剣で打ちかかる、立木打(たちぎうち)に励んでいる。後に示現流にも伝わることになるこの稽古法は、蔵人が童子の頃から行っていたもので、昔は気絶するまでひたすら打ったものだった。
 立木打に取り組んでいる者たちを、側で見守る頼慶が指導している。
 一方、蔵人はというと、もっと熟練した者たちに対して勢法(かた)を教えていた。
「三学円の太刀、一刀両断。よかか?」
 仕太刀を務める蔵人は、打太刀の壮年の侍に尋ねる。
 三学円の太刀は、待の技法を表わす太刀といわれた。相手の攻撃に応じて変化し、勝ちを得る。新陰流の根幹ともいえる技だ。これに対し九箇の太刀は、上泉伊勢守信綱が学んだ諸流の中から奥義となる秘太刀を伝えたものであり、懸の技法を表す。そして、燕飛(えんぴ)之太刀は連続する勢法で編まれ、懸、待、表、裏の働きが緩急を含んだ技の中で自在に発揮される。
「はい、御師」と真剣な顔つきで弟子は応えた。身を低く大股にして車(脇構え)に待つ師に対して、八相に袋鞱(ふくろしない)を持って進んで行く。袋鞱は、蔵人の師である上泉伊勢守信綱が、怪我の心配をせずに稽古ができるよう考案したものだ。着物に袴を付けた状態で激しく木剣で打ち合う稽古方式では、裂傷や骨折は日常茶飯事で、重くすると不具になることや、命を落とすことも度々あった。そういうことを防ぐために、馬皮で出来た鞘袋に割竹を入れた物を考案した。袋鞱は、「ひきはだしない」とも呼ばれるが、これは皮を引き締めるために薬を混ぜた漆を塗ると、乾燥するにつれ表面に無数の皺が生じるので、その紋様が「ひきがえる」の肌の様子に似ているところから来ている。
 ――弟子は右肩を浅く打った。対して、蔵人は身なりに斜めに木刀を振る。そのまま距離を詰めた。
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