ニルヴァーナ――刃鳴りの調べ、陰の系譜、新陰流剣士の激闘(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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   序章

「そぎゃん急いで、どこ行くと?」
 大声が、山道に谺(こだま)する。肥薩を繋ぐ険しい場所だ。
 そこを急いで進んでいた一人の侍が一瞬体を硬直させ、こちらを振り向いた。笠を被り、袖無羽織に裁着袴(たつつけばかま)姿だ。腰には武骨な拵えの大小二本が差されている。
 一方、声をかけたのは、三〇手前の齢(よわい)の、日焼けした男くさい顔立ちの武士だ。こちらも旅装束だった。すぐ側には、付き人らしき同年代の大小を腰にさげた男の姿がある。一見しただけでは分からないが、よく見ると倭人でないことが窺える目の細さなどの特徴を備えていた。明人なのだ。両者とも堂々とした体躯だ。ただ、やや明人の方が上背がある。
 件(くだん)の侍と二人の距離は、七間(約十二・六メートル)ほど。
「どこへ急ごうとも、拙者の勝手でござろう」
 声をかけられた侍が、眼光を鋭くしながら応じた。こちらに体を向けると見せかけて、自然といつでも腰の物を抜き打ちにできる姿勢を取ったことを、日焼けの男――丸目蔵人佐長恵(まるめくらんどのすけながよし)が見逃さなかった。
「汝(わり)ゃの言い分はもっともたい――」
 と笑顔を浮かべていいながらも、蔵人の眼はまったく納得していない。
「ばってん、その懐に人吉城の縄張図の写しが入っとるとなれば別たい」
 という言葉と共に、その視線が相手を鋭く射抜いた。
 事が露見している――そう悟った刹那、先に道を行っていた侍の手が素早く鞘の櫃(ひつ)へと伸びる。そこへ収められていた馬針と呼ばれる両刃の、馬の脚の瀉血に用いる小刀を抜き放つや投げ打った。
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