陣借り狙撃やくざ無情譚(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 元忍びでもない、士分でもない、猟師でもない彼は体力という点でもっとも仲間に劣っていた。
 藪をかきながらがむしゃらに逃げているとその音に混じって足音が聞こえる。
 機を計った。足音を引きつけ、突如として長脇差を抜き放って振り向きざまの一閃を送った。
 背後への一撃は攻撃の中でももっとも避けにくい斬撃のひとつだ。
 手ごたえを感じる。が、浅い――助左衛門は闇に沈む渋柿色の装束を睨んだ。着物の胸と腹の中間あたりが裂けているが決して深手ではなかった。
 けど、まだ負けちゃいねえ――助左衛門は己に言い聞かせる。白兵戦は気魄で負ければ即、死が待っている。
 だが、仲間のうちでもはや新参者の栄助にすら剣術で劣ることを彼は自覚している。
 忍び装束が上段の一撃を浴びせてきた。辛くも受け流し、攻撃を返した。が、体を開いて相手は一閃を避ける。
「ええ、公儀隠密が随分とだらしねえじゃねえか」
 己を鼓舞するために助左衛門は罵声を発した。
 とたん、脇のほうから何かが飛来する。脇腹に突き刺さった複数の棒手裏剣を視界に入れてその正体に気づいた。
 眼前の敵に注意しながらも攻撃の飛来したほうに目を向ける。そこにも忍び装束の姿があった。
 これは――詰んだ、と思う。手裏剣の傷は深手ではないが、無視して得物をふるえるものでもなかった。
「まあ、悪くない人生だった」
 それが助左衛門の正直な感想だ。両親の死で無宿になったが、それからは結構好き勝手に生きてきた。
 精々、すこしでも敵を引きつけて――仲間を、栄助を逃がす助けにする、という思いで力の抜けかける長脇差を握る手に力を込めた。

● ● ●

 伊平治と小次郎は、ふたりでいるときに接敵した。
 村からさほど離れていない場所で、ふたりの公儀隠密と遭遇した。
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