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「こら、栄助。真剣でもなんでもねえ竹刀を相手にびびるな」
 猪助は普段は優しいがこと剣術の稽古となると厳しかった。
 栄助はわずかに遅れた分を急ぐように左側頭部に向けて切っ先をふるう。それを猪助が袋竹刀を掲げて防いだ。
「いいか、栄助。相手に斬り込んだときに顔が引けると体も腰も引けちまって、得物だけが前に出て無防備になる。それに、顔が引けると上肢が反るから斬り込んでも得物が勢いよく伸びない。顔を引くと見るべきところも見えなくなり、心身もにその場に呪縛されたように動きが悪くなるんだ」
 型がひとつ終わったとたん、猪助から長々と説教を受ける。まあ、竹刀で体のどこかを打たれるよりはましだろう、と栄助は真面目に話を聞いた。
 それから次の型に移る。猪助の脚に向かって逆袈裟に袋竹刀を抜き放つ動きをした。それから、返す刀で右袈裟斬りにする。両方の斬撃を猪助は袋竹刀で危なげなく受け止めた。今度は遅滞なく動けた、そう思った。が、
「手だけで得物を振るうんじゃねえ。それじゃあ人を斬る力は出ねえぞ」
 と注意を受けた。
 難しいな――うなずきながらも栄助は顔をしかめる。剣術の容易でなさに、ふと猟師としての手ほどきを父から受け始めたころの試行錯誤の時期を思い出した。
 しばらく稽古はつづき、着物が汗で重く始めたころ部屋に引き上げる。
 部屋では酒宴が開かれていた。
「おう、帰ったか。どうだった、稽古は?」
 助左衛門の問いに、
「むずかしい」
 栄助は眉間に皺を寄せこたえた。
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