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 彦兵衛の妻と妹以外に、村を出るとき栄助はひとりだけ顔を合わせていた。
 それは昔から世話になっていた寺の住職だ。手習いの師と弟子という関係でもある。
「彦兵衛の件は残念だった」
 夜更けに訪れた栄助を住職はあくまで丁寧に出迎えた。
「実は村を出ることにしました」
「なに。どうしてだ」
 栄助の言葉に住職は眉をひそめる。
 言うべきか迷った末、助左衛門が帰ってきてからこっち起こったことを語る。
 すべてを聞き終えた住職は切なげな表情になってため息をついた。
「ことに及ぶ前にわたしに相談してほしかった」
「相談すれば止めていたでしょう?」
「それでも相談して欲しかった」
 住職は語気を強める。
「ともかく、殺めた者たちのためにも経のひとつもあげよう」
 と言葉をかさね、彼は念仏を唱え始める。
 栄助も死者を弔うことを思い出し、手を合わせて目を閉じた。
 しばらくして経が途切れた。そこで栄助は手を合わせるのを止め目を開ける。
「確かにいつか、兄と妹には別れがやって来る」
「はい」
「だが、こんな形の別れは共に辛かろう」
 妹のことばかりを思ってい栄助だったが、考えてみれば自身も別れに辛苦を感じるところがあった。
「親を流行り病で亡くしたのだ、兄の出奔は妹にはさらに辛いものになるぞ」
「それは」
 分かっているが、改めて告げられると堪えるものがある。
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