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名主はすべてを承知なのではないか。妻が夫を毒殺しようとした事実を知っているのではないだろう。その上で、これ以上の醜聞を隠匿できたと喜んでいるのではないか。
だが――どうでもいいか、と栄助は思う。
殺した男とは死後の名誉を守ってやるほどの仲ではなかった。
どんな状況で遁走した男を殺したのか、どこで殺したのか、そういったことを伝え男から切り取った髷を渡すと栄助は逃げるようにして百姓家に帰る。
帰宅すると、
「お兄さん、大丈夫?」
およねが多大な心配をして待っていたのがその表情から分かった。
「ああ、大丈夫だよ。怪我も特にない」
だが、それがむしろ後ろめたい。命をひとつ奪ったというのに傷一つ負っていない、それが後ろめたかった。手傷の一つで負えば気分は違っただろうが。
それから、およねの用意した鍋を食べた。
しかし、
味がしない――。
のだ。肉や野菜を噛む感触だけあって気持ち悪い。
猟師としての感覚など優先せず、みなと一緒に山狩りをすればよかった。そうすれば、男を手にかけずに済んだかもしれない。
踏み出してはいけない場所に踏み出したそんな感覚があって、薄ら寒さのようなものが頭頂部から爪先を包んでいた。
人殺しの子――ふいに、そんな言葉が脳裏によみがえった。
だが――どうでもいいか、と栄助は思う。
殺した男とは死後の名誉を守ってやるほどの仲ではなかった。
どんな状況で遁走した男を殺したのか、どこで殺したのか、そういったことを伝え男から切り取った髷を渡すと栄助は逃げるようにして百姓家に帰る。
帰宅すると、
「お兄さん、大丈夫?」
およねが多大な心配をして待っていたのがその表情から分かった。
「ああ、大丈夫だよ。怪我も特にない」
だが、それがむしろ後ろめたい。命をひとつ奪ったというのに傷一つ負っていない、それが後ろめたかった。手傷の一つで負えば気分は違っただろうが。
それから、およねの用意した鍋を食べた。
しかし、
味がしない――。
のだ。肉や野菜を噛む感触だけあって気持ち悪い。
猟師としての感覚など優先せず、みなと一緒に山狩りをすればよかった。そうすれば、男を手にかけずに済んだかもしれない。
踏み出してはいけない場所に踏み出したそんな感覚があって、薄ら寒さのようなものが頭頂部から爪先を包んでいた。
人殺しの子――ふいに、そんな言葉が脳裏によみがえった。
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