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「心配してくてるやつがいるうちが華さ」
重ねて告げられた台詞に、
「それもそうだよ、兄さん」
およねに同意してしまう。そして、鍋の椀を彼にお裾分けする。
「おい、こいつの家にはかみさんいるだろ、家で飯食えばいいじゃないか」
「せっかくのお客人でしょ、兄さん」
「いや、こいつはまことに美味だぞ、栄助」
ちゃっかり、こちらの口論中に彦兵衛は口に掻きこんでいた。その食いっぷりが実によかった。
それで、栄助は彦兵衛を注意するのが馬鹿らしくなり大きなため息をつくに至る。
この調子でほぼ毎日、彦兵衛が栄助の家で食って帰る仕組みがこれまで続いてきた。よく考えれればおかしなことだ。けれど、こういう穏やかな毎日がこれからも続くと栄助は理屈も何もなく思い込んでいた。
村にはたまに行商人が訪れる。村の中央の空き地で商品を広げる。
栄助は毛皮を売るのが目的で彼のもとを訪れた。
「よお、今日もたくさんあるな」
行商人が笑顔で物を確かめる。
しばらくすると査定の結果が出た。代金の金子を栄助は受け取る。そこで、ふと彼は行商人が広げた商品の一角に目を止めた。
「これは」
簪だった。作りの繊細な簪が商品の一つとして並べられている。直感で、妹にこれを買っていったらと思った。
喜ぶだろうな――。
「なあ、これはいくらだい?」
問いかけると行商人は笑顔になる。
「お目が高いね」
と告げて彼は値段を明かした。その額は栄助が思っていたよりも上だった。渋い顔つきになりしばし沈思黙考する。が、やがて、
「これ、もらうよ」
と結局、簪を購った。
重ねて告げられた台詞に、
「それもそうだよ、兄さん」
およねに同意してしまう。そして、鍋の椀を彼にお裾分けする。
「おい、こいつの家にはかみさんいるだろ、家で飯食えばいいじゃないか」
「せっかくのお客人でしょ、兄さん」
「いや、こいつはまことに美味だぞ、栄助」
ちゃっかり、こちらの口論中に彦兵衛は口に掻きこんでいた。その食いっぷりが実によかった。
それで、栄助は彦兵衛を注意するのが馬鹿らしくなり大きなため息をつくに至る。
この調子でほぼ毎日、彦兵衛が栄助の家で食って帰る仕組みがこれまで続いてきた。よく考えれればおかしなことだ。けれど、こういう穏やかな毎日がこれからも続くと栄助は理屈も何もなく思い込んでいた。
村にはたまに行商人が訪れる。村の中央の空き地で商品を広げる。
栄助は毛皮を売るのが目的で彼のもとを訪れた。
「よお、今日もたくさんあるな」
行商人が笑顔で物を確かめる。
しばらくすると査定の結果が出た。代金の金子を栄助は受け取る。そこで、ふと彼は行商人が広げた商品の一角に目を止めた。
「これは」
簪だった。作りの繊細な簪が商品の一つとして並べられている。直感で、妹にこれを買っていったらと思った。
喜ぶだろうな――。
「なあ、これはいくらだい?」
問いかけると行商人は笑顔になる。
「お目が高いね」
と告げて彼は値段を明かした。その額は栄助が思っていたよりも上だった。渋い顔つきになりしばし沈思黙考する。が、やがて、
「これ、もらうよ」
と結局、簪を購った。
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