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矢の驟雨をくぐって在信は進んで行く。
最初、都に上ったとき、在信は順番に公卿のもとを巡った。
なにしろ、将門のように父が鎮守府将軍というわけでもない、縁(えん)もなく雑人に、それも侍にしてもらうのは難儀だ。一人、二人、三人、四人、五人、六人、七人と断られるうちに嫌気が差した。
おのれはこんなにも無価値な人間なのか、そんな思いを抱かされる。
だが、藤原定方は違った。
「おうおう、よう来やった」
人なつっこい口調で在信を迎えたのだ。簀子の脇のほうには侍とおぼしき油断ならぬ気配の男が控えていた。のちに知ることになるが、彼こそが橘清輔だ。
「されば、剣をふるう様を見せてもらおうか」
「ほう、ほう、ほう」
こちらが野太刀をふるうたびに定方はうなずく。そして、清輔に目を向けて、
「いかがだ」と問うた。それに清輔は淡々と応じた。「なかなかの業前かと存じます」
「されば召抱えよう。されど、事由がありそなたが仕えるのは藤原忠平となる」
こう言われたとき、意味が分からなかった。だが、すぐに理解する。要するに自分は忠平のもとに送り込まれた間者、なのだと。
そう、手前は元より右大臣の雑人――在信は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
そして彼は一足一刀の間合いに踏み入る。だが、躊躇いから中々動けなかった。
最初、都に上ったとき、在信は順番に公卿のもとを巡った。
なにしろ、将門のように父が鎮守府将軍というわけでもない、縁(えん)もなく雑人に、それも侍にしてもらうのは難儀だ。一人、二人、三人、四人、五人、六人、七人と断られるうちに嫌気が差した。
おのれはこんなにも無価値な人間なのか、そんな思いを抱かされる。
だが、藤原定方は違った。
「おうおう、よう来やった」
人なつっこい口調で在信を迎えたのだ。簀子の脇のほうには侍とおぼしき油断ならぬ気配の男が控えていた。のちに知ることになるが、彼こそが橘清輔だ。
「されば、剣をふるう様を見せてもらおうか」
「ほう、ほう、ほう」
こちらが野太刀をふるうたびに定方はうなずく。そして、清輔に目を向けて、
「いかがだ」と問うた。それに清輔は淡々と応じた。「なかなかの業前かと存じます」
「されば召抱えよう。されど、事由がありそなたが仕えるのは藤原忠平となる」
こう言われたとき、意味が分からなかった。だが、すぐに理解する。要するに自分は忠平のもとに送り込まれた間者、なのだと。
そう、手前は元より右大臣の雑人――在信は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
そして彼は一足一刀の間合いに踏み入る。だが、躊躇いから中々動けなかった。
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