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 闇の中、東海道を歩きながら頼慶は親兄弟が殺されたあとを思い出していた。おぼつかない足もとがあのときの心細さを思い起こさせたのだ。

 親類を頼って隣の里へと歩いてたどりついたとき、未だに夜は明けていなかった。
 だが、陽が登るのを待つ心持ちにこのときの頼慶はなれなかった。
 だから迷惑なのは承知で戸口を叩く。
 しばらくして、「誰だ」と中から問う声が聞こえてきた。
 警戒の念がにじむのに、「仲麻呂(なかまろ)です。開けてください」と当時の頼慶は必死の声で訴える。
「仲麻呂だと」
 怪訝な声がして宅の戸のつっかえ棒が外された。戸が横に動いて開いた。暗いなかだが、影の輪郭で伯父が戸を開けて立っているのがわかる。
「なにゆえ、おまえがこのような刻限にうちを訪れる」
 それは、と頼慶は何があったのか一部始終を語った。その行為はひどい苦痛をともなう。
 だが、話が終わって伯父が口にしたのは頼慶が予想していなかった言葉だ。
「おまえの父は余計なことをもうしたてていたからな」
 義憤からの国司へ不満を訴え出た行為を「余計なこと」と表現されたことに頼慶は衝撃をおぼえた。
 だが、もっと信じられない言葉を伯父は発した。
「うちにはすでに子どもがいる。それに余裕もない。ほかの親類を頼れ」
 子どもの足では遠い距離で歩いてきた頼慶に伯父は硬い声で告げる。
「すまないな」
 伯父は目を合わせず戸を閉めた。
 しばらく、頼慶は呆然となってその場にたたずんでいた。
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