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 人の命など儚い――在信の父がどれだけ優れた兵での病に勝つことはできなかった。
 上達部とて重い病を得てしまえば庸民と変わらず命の灯が尽きることになる。
 そんなことを考えると、官職を得るために主の意に汲々とする立場が愚かにも思えるのだ。是非もない――。
 夕餉の後の雑談で福丸が貴族たちの暮らしを息苦しいと言っていたが、仕える身もまた息をするのが辛くなるのも事実だ。
「よしよし、こっちだ」
 犬が手の届くところに来たところで頭をなでてやった。それから、在信はひそかに用意していた文を犬の首に巻かれている布に結びつける。
「糞でもしているのか、在信」
 気紛れか、ちと用を足すには長いと思ったのか将門が姿を現した。
 刹那、くだんの犬は猛烈な速度で逃げる。
「なんだ、あれは」
「野の犬がおったゆえな、ちと可愛がってやっておったのだ」
 不審よりおどろきの大きな将門の声に安心しながら在信は立ち上がりふり返った。
「野の犬だと。噛まれでもしたらことだぞ、おい」
 そんな彼に将門は気づかわしげな声を発する。
「手前は臆病だ、そんなそぶりを見せたすぐに勘付くさ」
「そなた、兵のくせにおのれを臆病などと評するな」
「なんの、まことのことだ」
 夜であるが、将門を見つめる在信は目を細めた。眩しかった。将門という男が。自然体で兵たりうるこの男が、在信には日中、天に輝く日輪のごとく映る。
「小次郎よ。兵というものをいかが存念する」
「なに、どういうことだ」
「どうもこうもない、言葉の通りだ」
 在信のせりふに将門が怪訝な顔をした。
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