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立派な門扉に向かって訪(おとな)いを告げると、母屋の簀子に案内された。
なにやら賑やかな声が聞こえてくることからすると釣殿のほうで夜宴が開かれているらしい。摂関による政道が始まってからこの種の宴は増えたと耳にしている。やがて、渡殿のほうから気配が近づいてきた。
あげられた蔀戸越しに甕笠は相手と対面した。
本来なら、一生言葉を交わすことのない人間だ。それは地下だけでなく宮人でもそうだ。
「さて、我が雑人がそなたから『御耳に入れたき儀がある』と申しておったと聞いたが。まことでおじゃるか」
「さようにございます」
平伏する甕笠を焦らすように相手はしばし沈黙を保った。
さすがにこちらが焦れてきたところで、
「顔をあげ、その儀について仔細を明かせ」
と告げた。その人間は一の一、摂政だ。日の本の権勢の頂点に立つ者。
「右大臣が検非違使と談合を持った模様。右大臣ともあろうかたが検非違使と言葉を交わすなどなにか秘事がなければそうそうございますまい」
さようだの、と肯定しながら摂政はすこし考え込むようすを見せた。そして、
「ここのところ、検非違使はなんについて調べていたでおじゃる」
と摂政は慎重な口ぶりでたずねる。
それは、と甕笠はここ最近の検非違使の動きを脳裏によみがえらせた。こんなことができるのは甕笠が放免、一度罪を許されて検非違使の手下となっているからだ。その主を甕笠は今、摂政に対して“売って”いるのだ。若干の後ろ暗さはあるものの、罪の意識を持つほどではなかった。
「一の人の呪詛について調べておりました」
「その検非違使が右大臣に密談に及んだ。うむ、おおよそのところはつかめたでおじゃる」
甕笠はいまいち事情は呑みこめなかったが、摂政はことのあらましを理解したらしい。
なにやら賑やかな声が聞こえてくることからすると釣殿のほうで夜宴が開かれているらしい。摂関による政道が始まってからこの種の宴は増えたと耳にしている。やがて、渡殿のほうから気配が近づいてきた。
あげられた蔀戸越しに甕笠は相手と対面した。
本来なら、一生言葉を交わすことのない人間だ。それは地下だけでなく宮人でもそうだ。
「さて、我が雑人がそなたから『御耳に入れたき儀がある』と申しておったと聞いたが。まことでおじゃるか」
「さようにございます」
平伏する甕笠を焦らすように相手はしばし沈黙を保った。
さすがにこちらが焦れてきたところで、
「顔をあげ、その儀について仔細を明かせ」
と告げた。その人間は一の一、摂政だ。日の本の権勢の頂点に立つ者。
「右大臣が検非違使と談合を持った模様。右大臣ともあろうかたが検非違使と言葉を交わすなどなにか秘事がなければそうそうございますまい」
さようだの、と肯定しながら摂政はすこし考え込むようすを見せた。そして、
「ここのところ、検非違使はなんについて調べていたでおじゃる」
と摂政は慎重な口ぶりでたずねる。
それは、と甕笠はここ最近の検非違使の動きを脳裏によみがえらせた。こんなことができるのは甕笠が放免、一度罪を許されて検非違使の手下となっているからだ。その主を甕笠は今、摂政に対して“売って”いるのだ。若干の後ろ暗さはあるものの、罪の意識を持つほどではなかった。
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