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「今日も芳しくなかったようですね」
母は冷めた声を出す。
なぜ、母親はこうまでも子息の在信に冷たいのか、その訳は彼の父にあった。
母曰く、
『あの人は見事な兵でした』
という。その父と子息を比べ、後者はかなり不足があると母は考えているのだ。
それで、先ほどのように剣の師までつけて在信を鍛えていた。
だが、彼はあまり剣の腕には恵まれていなかった。代わりに弓の業前はそれは見事なものだった。しかし、母は「そもじの父は剣も弓も達者でした」と言って在信のことを認めなかった。さらには病で世を去ったという在信にとっては記憶も曖昧な兄が天稟を示していたという事実が母の目の前の子息への心象を悪くしていた。
そんな母との関係の中で物事に対し“本気にならない”“適当にすませる”という性根が形づくられていった。
それから刻は過ぎ、在信は官職を得るために都に上ることになった。
このとき、在信はえもいわれぬ解放感をおぼえた。母親の重苦しい呪縛から解き放たれる、そのことに大きな喜びを感じたのだ。
都ではなんだかんだといって適当に遊んで暮らそう――そんな思いを胸に在信は羅生門をくぐった。
そのはずだったのに、なんだよこれは――在信は内心、悲鳴をあげていた。息が荒れているせいでなにかを口にする余裕はない。壷胡籙の矢は残り少なかった。
今、在信たちは里の者たちに襲われていた。
最初は逃げようとした。だが、すぐに福丸が在信たちについていけなくなったのだ。
抱えて逃げてはという存念が在信の脳裏をよぎったが、どちらにしろそれでは里の者たちに追いつかれるのは目に見えていた。
母は冷めた声を出す。
なぜ、母親はこうまでも子息の在信に冷たいのか、その訳は彼の父にあった。
母曰く、
『あの人は見事な兵でした』
という。その父と子息を比べ、後者はかなり不足があると母は考えているのだ。
それで、先ほどのように剣の師までつけて在信を鍛えていた。
だが、彼はあまり剣の腕には恵まれていなかった。代わりに弓の業前はそれは見事なものだった。しかし、母は「そもじの父は剣も弓も達者でした」と言って在信のことを認めなかった。さらには病で世を去ったという在信にとっては記憶も曖昧な兄が天稟を示していたという事実が母の目の前の子息への心象を悪くしていた。
そんな母との関係の中で物事に対し“本気にならない”“適当にすませる”という性根が形づくられていった。
それから刻は過ぎ、在信は官職を得るために都に上ることになった。
このとき、在信はえもいわれぬ解放感をおぼえた。母親の重苦しい呪縛から解き放たれる、そのことに大きな喜びを感じたのだ。
都ではなんだかんだといって適当に遊んで暮らそう――そんな思いを胸に在信は羅生門をくぐった。
そのはずだったのに、なんだよこれは――在信は内心、悲鳴をあげていた。息が荒れているせいでなにかを口にする余裕はない。壷胡籙の矢は残り少なかった。
今、在信たちは里の者たちに襲われていた。
最初は逃げようとした。だが、すぐに福丸が在信たちについていけなくなったのだ。
抱えて逃げてはという存念が在信の脳裏をよぎったが、どちらにしろそれでは里の者たちに追いつかれるのは目に見えていた。
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