平安山岳冒険譚――平将門の死闘(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「何事だ」
「うぬが殺しに及んだのは目代の郎党と知っての狼藉かと聞いておる」
 近くにやって来た男が今にも野太刀を抜き放ちそうな剣幕になってまくし立てた。
「そうか、俺が殺めたのは目代の郎党か」
 将門は独語するようにつぶやいた。童を助けるための殺生だ、特に殺したことへの感慨はない。
「そうだ、ただで済むと思うな」
 だが、相手はこちらが恐れおののいていると勘違いしているらしく嗜虐的な笑みを浮かべる。
「俺は摂政に仕える侍で平将門という」
 が、次の瞬間、相手の表情は凍りついた。
「一の人の雑人を騙るなど」「これが御所さんの書付だ」
 かぶりを激しくふる相手に将門は油紙に包まれた書付を放って寄越す。主、忠平が「旅の便宜を図るように」と各地の官人に向けて記したものだった。もちろん、花押が押されている。
 男がふるえる手で包みを開き書状に目を通す。
「どうだ、信じたか」
 読み終えたであろうところでたずねた。
「な、何用でこの地に参られた」
「眼目は言えぬ。されど、ここは道半ばに過ぎぬ」
 道半ばに過ぎぬ、という言葉に相手はあきらかに安堵の表情を浮かべた。
 国司受領、目代が不当な税をかける、横領する、殺人やその隠蔽に手を染めるといったことが当時、横行していたのだ。後世、平安時代と呼ばれるもののまったくもって平安ではないのがその偽らざる実状だった。
 そういったことを心得ているから将門も先の殺生にみじんの後悔も抱いていなかった。
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