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 それから、牛車は無事に大内裏へとたどりついた。牛車は牛飼童に任せ、ほかの雑人は太政官庁に主を送り届けた。帰宅は巳の刻から午の刻といったところだ。
 そのあいだ将門は時間を持て余す。ゆえに雑人に「すこし外すぞ」と告げて大内裏を散策する。ほかの雑人は将門のことを恐れているから異論は出ない。将門が忠平の刺客を担っているには家中では公然の秘密だ。そして主上のおわす場所、清涼殿昼御座に近づかなければ“摂政藤原忠平の侍”ということで内裏を歩き回っても特に支障はない。
 半刻ほどそうして時間を潰したときだ、
「誰ぞ、狼藉者を捕えてたもれ」
 という声が聞えてきた。瞬間、将門は風を巻いて声の源へと走った。
 そこで目撃したのは一種、滑稽な光景だ。太政官庁の建物を庸(庶民)が駆け回っていた。
 後世の人間からすると信じられないような出来事かもしれないが、実は内裏を庸民が駆け回るということは何度か起きていた。それどころか殿上の間で庸民たちが掠奪に興じるという出来事さえ寛仁元年には起きていた。
 将門は疾風(はやて)と化して太政官庁に躍り上がるや、距離の近い者から順に投げ技を食らわしていく。それがしばらくつづく、「あいつは敵わんぞ」という認識が広まったらしく庸民は外へと逃げていった。
 やがて遅ればせながら滝口の武者が現れ、痛みで身動きがとれなくなって転がっている庸民たちを縄で縛っていった。
 誰よりも早く駆けつけ、俺は庸民を退治した――自分こそが滝口の武者、あるいは近衛に任じられてしかるべきなのではないか、とひそかに奥歯を噛みしめた。なぜ、俺が無位、無官でおらねばならんのだ――。将門が忠平の雑人をしているのはあくまで官職を得るためだ。この時代、官職は地方にとって一定以上の権威があり争いに有利に働くた、将門のごとく都の貴族に例は少なくなかった。
 そんな兵の中でも摂政という最高権力者に仕えていることは、余の兵は羨望のまなざしを向けるだろう。
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