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「小次郎、近(ちこ)う」
「承知」
 忠平に呼ばれ、将門は御簾の向こうに足を踏み入れる。
「小次郎にも粥を」
 忠平が妻女に命じた。
「はい、御所さん」と承知したものの将門に向けられた一瞥にはどこか軽侮の色が宿っていた。鄙の出の人殺し、そんなふうにでも思っているのだろう。
 だが小腹が空いていたのも事実だ、将門は相手の態度を無視して土器(かわらけ)を受け取った。
「陣定(現在でいう閣議)が見ものでおじゃる。そう思わぬか」
「はっ、さようにございますな」
 忠平が後ろ暗さのまったくない笑みを浮かべる。対照的に将門の胸には鬱屈としたものがよみがえった。
 だが、そんなこちらの胸中になどみじんも気づいたようすはなく、
「されば、朝堂に向かうといたすでおじゃる」
 と粥を食べ終えた忠平はいった。
「御意」
 将門は粥を一気にかき込んだ。
 ふたりで浅沓をはいて門戸のほうに向かうと牛飼童によって、上皇、皇后、東宮、親王、摂関だけが乗れる唐車が用意されていた。牛車ひとつ取っても身分がわかるようになっているのが当世だった。
 周囲には雑人数人が集まっており、主が車に乗り込むのを待っている。大勢の者が忠平ひとりのために働いているのだ。
 それを藤原忠平当人は当然の顔をして牛車の中に入った。
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