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 安能が瓶子と盃をふたつ用意した。盃の片方を将門が手により手酌で注いだ。彼が瓶子を置くと今度は安能が酒を注ぐ。そしてふたりして盃を煽る。
「どうだ、侍務めは」
 体の力を抜いていた将門だが、安能の言葉ににわかに盃を握る手に力が入った。
「どうやら、思惑通りにはいっておらんようだの」
 安能は肩をそびやかしふたたび盃に口をつける。
「おまえの主は一の人(摂政)に成りおおせた。もはや、これ以上のぼり詰める必要がない以上、手下(てか)に餌を与える必定がない」
「成りおおせた、とは剣呑な申しようだ」
 安能の言葉に気にいらず将門は眉間に皺を寄せた。
「温厚といわれようが、おまえの主は北家の仁(じん)ぞ。前(さきの)主上に『菅公に呪われている』と吹き込んでその意気を挫いたということは十分にありうる」
「こら、なんということを」
「雲客(うんかく)(公卿)の浮沈など地下(じげ)の暮らしには関係ないわ」
 いくらなんでも過激に過ぎるせりふに将門はあわてるが、安能はどこ吹く風というようすだ。ただし、安能の言ったことは必ずしも事実誤認とは限らない。それが政道の世界に生きるということだ。
 それに貴族という言葉の響きとは反対に、藤原氏というのは凶暴な一族だった。
 時代は下るが、藤原兼隆はおのれの従者を殴り殺した。藤原道長の子息は手込めに手を貸していた。藤原伊周は花山法皇の従者を殺して生首を持ち去った。かように貴族という生き物は暴虐だったのだ。
 したが、俺は摂政にしたがう身――安能のように関係ないとはいっていられない。
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