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チャプタ―7

ダメな安倍晴明7

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 今でこそ晴明は兄弟の中でお荷物のような立場だが、間違いなく最初に才能を示したのは彼だった。
 鬼退治の翌朝、晴足は父と朝餉をとっていた。兄弟たちも顔を揃えている。
「あのとき、晴明の道は開けた、とまろは存念したでおじゃる」
 父は嬉しそうに語る。子どもが初めて立ち上がったのを目の当たりにしたような表情を浮かべていた。
 なれど、実際の兄上は――とても陰陽師と呼べるものではない。兄弟の支えがあって初めて“陰陽師”安倍晴明は成り立つのだ。
「母が母であるゆえ、そなたらは苦労する。そう考えれば、幼いうちにこれという道が見つかったのはさいわいであった」
 晴足の胸中など知らず、父は明るい表情で言葉をかさねる。
 ただ、以前ならそれでもいいと思っていた。それで食べていけるのなら、日陰者として生きるのもそれはそれで有りではないかと思っていた。
 されど――法師陰陽師に告げられた、現在の自分たちの立場への疑問が棘となって今は心に喰い込んでいる。
 晴明兄を盛り立てて生きる道はまことに正しいのか――。
 賞賛のまなざさしを向けられる兄を目にするのは、嫉妬こそ感じないが淋しさのようなものをおぼえる。
 それに、名声が兄のものならその結果、将来得られるかもしれない官職も晴明のものだ。そのときに残るのは、何者にもなれない晴足たち兄弟だ。
「いかがした晴足、むずかしい顔をして」
 表情に出ていたらしく父にたずねられる。
「晴明はともかく、我ら兄弟はこの先、いかように生きればよろしいのでしょうや」
「そなたらは陰陽道の技が使えるでおじゃる。いかようにも生きる道はあろう」
 父が良く言えば息子たちを信じている、悪いえば放任している言葉を吐いた。
 いかようにもか――だが、晴足の心は晴れない。
 彼とて貴族の子として生まれたのだ。ならば、先々は官位官職が欲しいに決まっている。最初から地下として生きろというのは淋しかった。
「晴明の手柄はそなたら兄弟のものだ。都の隅々まで噂が広がるほどに手柄を立てたそなたらなら、生きる手立ては自然と得られようて」
 その手柄が兄のものとして巷間に上がっているのが気に喰わない、そういう息子の心など知らない父の見当違いの温かい言葉が何とも居心地が悪い。
「なれど、陰陽師も朝廷においては先が見えてございましょう」
 そこでつい意地の悪い言葉が口をついて出た。
「なに、さほど栄達を望まねば暮らすには困らぬであろう」
 だが、父は徹底して晴明の味方だ。
 晴足は内心、ため息をつく。
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