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前編
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私と夫の結婚は……ほぼ駆け落ち婚に近かった
「お前の家が貧乏だったから、俺がどれだけ苦労したと思っているんだ!」
この瞬間、私の心は死んだ。
数十年も前、夫と結婚する前の話になるが、私にも夫にも付き合っている人が別にいた。
夫の相手は都内の、当時から高級住宅街といわれる地区の地主の娘さん。
私の相手は大学で助教授をしていた。
そんな二人が出合ってしまった。
ウィンドウショッピングをしているときに声をかけてきた男の人、それが夫だった。
夫は遊び人で、田舎から出てきた私にはキラキラして見えた。
「友達が来なくて。喉も渇いてて一人で入り辛いから一緒に入ってくれませんか?」
おしゃれな喫茶店の前で声をかけられた。
我が家の近くにはこんな素敵なお店なんて無くて躊躇して外から見ていただけのお店。けれど、私だけではないのね。こんな素敵な人でも喫茶店に一人で入る勇気はないのね。
「良いですよ」
我が家にはテレビもなくて、ナンパというものすら知らなかった私は素直に頷いた。
夫は会話がうまく、楽しい時間だった。
ナンパ慣れした夫には、駆け引きが分からない私が新鮮に映ったらしい。
後日、あの後、俺の部屋に誘ったのに全然通じないんだもんと言われた。
身持ち、堅いんだなあって思ったとも。
そうして私たちは何度か会うようになった。
夫が見せてくれる世界は、田舎出の私には全てがキラキラしているように見えた。
「俺と付き合うなら、幸せにしてやる。黙って頷け」
「はい」
二人共、恋人とは別れて、付き合うようになった。
ただ、私たちのお付き合いを賛成してくれる人は少なかった。
当然だ。お互いの好きという感情を抜きに条件だけを見たら、お互い前の相手の方が幸せになれる。
それでも私たちはお互いを選んだ。小さな小さな会社に務めて少ないお給料しかもらってないお互いをえらんだ。
結婚して初夜を迎えた時に夫は言った。
「ごめん。告白しなきゃならないことがある。俺は散々遊んできたけれど全然子供ができなかった。だから、種なしかもしれない。でも、大事にするから。」
夫が遊び人なのは知っている。私の兄弟にも、あんな遊び人より前の人の方がいいのに。そう言われた。
でも、それは過去の話で今は私だけなのだから 良しとした。
種無し、という話は初耳だったが それでも私は夫が好きだし、婚姻届も出したし今更で文句を言う事もなかった。
夫との生活は基本的には楽しかった。会話好きの夫。ずっと一緒にいても話題が絶えることもない
ただ月に一度、とてもとても嫌なことをしなければならない日があった
義母に仕送りを渡しに行かなければならないのだ。
義母は私を呪う
「あんたなんかが現れなければ、あの子は今頃あのお嬢様と結婚して、私はもっと楽な生活ができていたのよ。これっぽっちのお金しか持ってこないなんて。」
門でお金の入った封筒を奪い取り、義母は私に塩を投げつける。
「この泥棒ネコ!」
冬場は、塩ではなく水をかけられることもある。
顔にかけられた水は真冬にはとてもとても冷たくて、惨めな気分で下を向きながら歩いていた。
「お腹減ったな……」
手もかじかんで、涙がぽとりと落ちた。
2万円、義母はこれポッチと言うけれど 私たちにとっては大金だ。大卒の初任給が3万円弱のこの時代、夫の月収から家賃を払ってしまったら、もうほぼ何も手元に残らない。けれどその額は夫が私との結婚のために義母に示した条件らしい。夫の前の恋人は、その2倍の額を義母に仕送りすると約束をしていたらしい。
半額で手を打ってやったのだから 感謝ぐらいしなさいよ、可愛いげのない嫁ね。そう言ってお茶をかけられたこともある。
義母は私にお金を持って来させる。夫からは受け取らない。振込にするとそのお金は仕送りとして カウントしてくれない。借金の取り立てのように払うまで家に電話をかけてくる。
信号を渡ると夫がいた。
私の冷えた両手を夫の手の平が包み込む
「誠意を見せていれば、いずれ母さんにも通じるから。お願いだから耐えてくれ」
暖かさに涙が出た
「でもね、お米を買うお金ももうないんだ。どうしよう」
「……………ちょっと待ってて」
夫はそう言ってふらりと パチンコ屋さんに入って行った。
数分たって、500円を持って戻ってきた。床に落ちているパチンコ玉を拾い集めて現金に変えたのだ。
そのお金で私たちはおにぎりを買った。すごくすごく美味しく感じた。
本当はお米を買うべきだったのだろうけれど、でもあの時のおにぎりの美味しさは今でも鮮明に覚えている。
「お前の家が貧乏だったから、俺がどれだけ苦労したと思っているんだ!」
この瞬間、私の心は死んだ。
数十年も前、夫と結婚する前の話になるが、私にも夫にも付き合っている人が別にいた。
夫の相手は都内の、当時から高級住宅街といわれる地区の地主の娘さん。
私の相手は大学で助教授をしていた。
そんな二人が出合ってしまった。
ウィンドウショッピングをしているときに声をかけてきた男の人、それが夫だった。
夫は遊び人で、田舎から出てきた私にはキラキラして見えた。
「友達が来なくて。喉も渇いてて一人で入り辛いから一緒に入ってくれませんか?」
おしゃれな喫茶店の前で声をかけられた。
我が家の近くにはこんな素敵なお店なんて無くて躊躇して外から見ていただけのお店。けれど、私だけではないのね。こんな素敵な人でも喫茶店に一人で入る勇気はないのね。
「良いですよ」
我が家にはテレビもなくて、ナンパというものすら知らなかった私は素直に頷いた。
夫は会話がうまく、楽しい時間だった。
ナンパ慣れした夫には、駆け引きが分からない私が新鮮に映ったらしい。
後日、あの後、俺の部屋に誘ったのに全然通じないんだもんと言われた。
身持ち、堅いんだなあって思ったとも。
そうして私たちは何度か会うようになった。
夫が見せてくれる世界は、田舎出の私には全てがキラキラしているように見えた。
「俺と付き合うなら、幸せにしてやる。黙って頷け」
「はい」
二人共、恋人とは別れて、付き合うようになった。
ただ、私たちのお付き合いを賛成してくれる人は少なかった。
当然だ。お互いの好きという感情を抜きに条件だけを見たら、お互い前の相手の方が幸せになれる。
それでも私たちはお互いを選んだ。小さな小さな会社に務めて少ないお給料しかもらってないお互いをえらんだ。
結婚して初夜を迎えた時に夫は言った。
「ごめん。告白しなきゃならないことがある。俺は散々遊んできたけれど全然子供ができなかった。だから、種なしかもしれない。でも、大事にするから。」
夫が遊び人なのは知っている。私の兄弟にも、あんな遊び人より前の人の方がいいのに。そう言われた。
でも、それは過去の話で今は私だけなのだから 良しとした。
種無し、という話は初耳だったが それでも私は夫が好きだし、婚姻届も出したし今更で文句を言う事もなかった。
夫との生活は基本的には楽しかった。会話好きの夫。ずっと一緒にいても話題が絶えることもない
ただ月に一度、とてもとても嫌なことをしなければならない日があった
義母に仕送りを渡しに行かなければならないのだ。
義母は私を呪う
「あんたなんかが現れなければ、あの子は今頃あのお嬢様と結婚して、私はもっと楽な生活ができていたのよ。これっぽっちのお金しか持ってこないなんて。」
門でお金の入った封筒を奪い取り、義母は私に塩を投げつける。
「この泥棒ネコ!」
冬場は、塩ではなく水をかけられることもある。
顔にかけられた水は真冬にはとてもとても冷たくて、惨めな気分で下を向きながら歩いていた。
「お腹減ったな……」
手もかじかんで、涙がぽとりと落ちた。
2万円、義母はこれポッチと言うけれど 私たちにとっては大金だ。大卒の初任給が3万円弱のこの時代、夫の月収から家賃を払ってしまったら、もうほぼ何も手元に残らない。けれどその額は夫が私との結婚のために義母に示した条件らしい。夫の前の恋人は、その2倍の額を義母に仕送りすると約束をしていたらしい。
半額で手を打ってやったのだから 感謝ぐらいしなさいよ、可愛いげのない嫁ね。そう言ってお茶をかけられたこともある。
義母は私にお金を持って来させる。夫からは受け取らない。振込にするとそのお金は仕送りとして カウントしてくれない。借金の取り立てのように払うまで家に電話をかけてくる。
信号を渡ると夫がいた。
私の冷えた両手を夫の手の平が包み込む
「誠意を見せていれば、いずれ母さんにも通じるから。お願いだから耐えてくれ」
暖かさに涙が出た
「でもね、お米を買うお金ももうないんだ。どうしよう」
「……………ちょっと待ってて」
夫はそう言ってふらりと パチンコ屋さんに入って行った。
数分たって、500円を持って戻ってきた。床に落ちているパチンコ玉を拾い集めて現金に変えたのだ。
そのお金で私たちはおにぎりを買った。すごくすごく美味しく感じた。
本当はお米を買うべきだったのだろうけれど、でもあの時のおにぎりの美味しさは今でも鮮明に覚えている。
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