230 / 243
39
しおりを挟む
静かな部屋に駒の音が響く。
盤上に並ぶ白と黒の駒たちは、まるで戦場の兵士たちのように緊張感を漂わせていた。従兄弟の信輝は眉間にシワを寄せ、キングの周囲を守るための最善の手を探している。
「これでどうだ?」
信輝がビショップを前に進めた。
そうきたか。信輝のキングの逃げ道が確実に少なくなっているのを確認しながら、ナイトを滑らせるように前進させた。
「騎士が迫る…か。」
信輝が苦笑しながら盤を睨む。その目の奥には焦りが見え隠れしている。
数分の沈黙の後、信輝がポーンを一つ前に進めた。逃げ道を確保しようという魂胆だろうが、それは無駄な足掻きだ。
「チェック。」
クイーンを配置し、信輝のキングをじりじりと追い詰める。
信輝は椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げた。
「…もうダメかな。」
そう言いながらも、信輝が最後の望みをかけてルークを動かす。
焦ったな。らしくない決定的なミスだ。
「チェックメイト。」
クイーンをキングの目の前に置いた。
盤を見つめて、信輝が小さく笑った。
「参った。お前の勝ちだ。」
部屋に静寂が戻る。
暫くして、信輝がため息をついた。俺も気が抜けてぐったりと背もたれに身体を預けた。
「……本気なんだな」
「うん」
今迄、信輝にチェスで勝った事はない。
前半戦は俺が押していても終盤戦になってくると集中力が続かなくて負けてばかりだった。
だけど、今回ばかりは負けられなかった。京極の傍系の拓也を紹介してくれるという賭けをしていたから。
信輝は俺と素行不良の拓也を会わせたくない。それでも諦めなかった俺を黙らせる為にチェスの賞品に提案してきた。
そして、初めて勝った……。
拓也は野心に溢れた上位αだ。25歳だが上昇思考が強く分不相応にも京極グループの役員を狙っている。だから、本家は拓也を警戒していた。中枢に近い者を襲って番契約を強行するかもと思われていたから、未成年の京極に拓也を近づかせる事はなかった。つまりヤツへの伝手が俺にはない。
ヤツなら……と思う
「良案とは思えない」
だろうね
「でも、時間が無いんだ」
自力でなんとかなるかもとも思った。
立ち入り禁止になっていた今は亡き曽祖父の書斎にある文献も読み漁った。けれど、望む資料はなかった。
当然か、京極のαなんて傲慢で、無敵で。俺のように追い詰められたりはしなかったのだろう
時間ばかりが過ぎていった
その間に、猪瀬さんは、更に魅力的になった。独身貴族の余裕感?いわゆるイケオジというヤツなのだろう。
そして、父さんを吹っ切れたせいか、Ωのフェロモンが効くようになってしまった。
つまり、ヒートレイプにあう事が増えた。
抑制剤で対処しているけれど、それでも何が起こるかわからない。
強い抑制剤の常用はパフォーマンスをさげる。親父の右腕という使命に燃えている猪瀬さんとしては、変なのと番う位なら、相性や家柄の良いΩがいれば、さっさと番ってしまうだろう。
駄目だよ。
父さんという鎖が無くなれば、猪瀬さんは番を大事にする
1番は親父なんだろうけど……それでも、俺の順位は下がる。それは駄目だ。
猪瀬さんに番契約は結ばせない。
猪瀬さんをαで無くす事も考えた。
親父は、猪瀬さんがΩになるのを、父さんと同じ感情を有するのを許さないだけで、βになる分には問題ないのだ。
α因子を受け止める器が壊れればαではなくなる。ただ、αとΩの混血が進んだ今、猪瀬さんにもΩ因子が少量でもあるはずで、αの器を壊したら小さな小さなΩ受容体がどんな影響を及ぼすか不明だ。
そんな危険な賭けにはでれない。
それに……猪瀬さんはもう、俺のを飲んではくれないだろう。誤魔化す事なども出来ない。何より……猪瀬さんに騙し討ちはもうしたくない。けれど、αになってと懇願しても効果はないだろう。
だから……
盤上に並ぶ白と黒の駒たちは、まるで戦場の兵士たちのように緊張感を漂わせていた。従兄弟の信輝は眉間にシワを寄せ、キングの周囲を守るための最善の手を探している。
「これでどうだ?」
信輝がビショップを前に進めた。
そうきたか。信輝のキングの逃げ道が確実に少なくなっているのを確認しながら、ナイトを滑らせるように前進させた。
「騎士が迫る…か。」
信輝が苦笑しながら盤を睨む。その目の奥には焦りが見え隠れしている。
数分の沈黙の後、信輝がポーンを一つ前に進めた。逃げ道を確保しようという魂胆だろうが、それは無駄な足掻きだ。
「チェック。」
クイーンを配置し、信輝のキングをじりじりと追い詰める。
信輝は椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げた。
「…もうダメかな。」
そう言いながらも、信輝が最後の望みをかけてルークを動かす。
焦ったな。らしくない決定的なミスだ。
「チェックメイト。」
クイーンをキングの目の前に置いた。
盤を見つめて、信輝が小さく笑った。
「参った。お前の勝ちだ。」
部屋に静寂が戻る。
暫くして、信輝がため息をついた。俺も気が抜けてぐったりと背もたれに身体を預けた。
「……本気なんだな」
「うん」
今迄、信輝にチェスで勝った事はない。
前半戦は俺が押していても終盤戦になってくると集中力が続かなくて負けてばかりだった。
だけど、今回ばかりは負けられなかった。京極の傍系の拓也を紹介してくれるという賭けをしていたから。
信輝は俺と素行不良の拓也を会わせたくない。それでも諦めなかった俺を黙らせる為にチェスの賞品に提案してきた。
そして、初めて勝った……。
拓也は野心に溢れた上位αだ。25歳だが上昇思考が強く分不相応にも京極グループの役員を狙っている。だから、本家は拓也を警戒していた。中枢に近い者を襲って番契約を強行するかもと思われていたから、未成年の京極に拓也を近づかせる事はなかった。つまりヤツへの伝手が俺にはない。
ヤツなら……と思う
「良案とは思えない」
だろうね
「でも、時間が無いんだ」
自力でなんとかなるかもとも思った。
立ち入り禁止になっていた今は亡き曽祖父の書斎にある文献も読み漁った。けれど、望む資料はなかった。
当然か、京極のαなんて傲慢で、無敵で。俺のように追い詰められたりはしなかったのだろう
時間ばかりが過ぎていった
その間に、猪瀬さんは、更に魅力的になった。独身貴族の余裕感?いわゆるイケオジというヤツなのだろう。
そして、父さんを吹っ切れたせいか、Ωのフェロモンが効くようになってしまった。
つまり、ヒートレイプにあう事が増えた。
抑制剤で対処しているけれど、それでも何が起こるかわからない。
強い抑制剤の常用はパフォーマンスをさげる。親父の右腕という使命に燃えている猪瀬さんとしては、変なのと番う位なら、相性や家柄の良いΩがいれば、さっさと番ってしまうだろう。
駄目だよ。
父さんという鎖が無くなれば、猪瀬さんは番を大事にする
1番は親父なんだろうけど……それでも、俺の順位は下がる。それは駄目だ。
猪瀬さんに番契約は結ばせない。
猪瀬さんをαで無くす事も考えた。
親父は、猪瀬さんがΩになるのを、父さんと同じ感情を有するのを許さないだけで、βになる分には問題ないのだ。
α因子を受け止める器が壊れればαではなくなる。ただ、αとΩの混血が進んだ今、猪瀬さんにもΩ因子が少量でもあるはずで、αの器を壊したら小さな小さなΩ受容体がどんな影響を及ぼすか不明だ。
そんな危険な賭けにはでれない。
それに……猪瀬さんはもう、俺のを飲んではくれないだろう。誤魔化す事なども出来ない。何より……猪瀬さんに騙し討ちはもうしたくない。けれど、αになってと懇願しても効果はないだろう。
だから……
269
お気に入りに追加
1,572
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜
車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる